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『戸田 るり』
見られたのは、刹那。
すぐにそれは悠から奪い取られ、彼の手に渡った。
それはまるで、以前るりが慌てて取り返したあの日の出来事を、逆転させたかのような光景。
そして悠は、持っていたるりの消しゴムを、彼女に押しつけた。そのまま理科室の扉へ向かい、戸に手をかけた瞬間、振り返って大きく叫ぶ。
「どっちが先に使いきれるか、勝負な!」
言葉を失ったるりを残して、悠はバタバタと、廊下を響かせ走り去った。
残されたるりは、ただ、取り戻した自分の消しゴムを両手に閉じ込めて、顔を赤くするしかない。
しばらくして、るりはへなへなと床の汚れも気にせずに、へたり込んでしまった。
悠は、わかっているのだろうか。
消しゴムを使いきることの、意味を。
おまじないの、意味を。
疑問符がまたしても、るりの頭をからかうように駆け回る。
けれど、うるさいほどに鳴り響く心臓に、そんな思考さえもかき消されていく。
ただ──掴まれていた左腕と、消しゴムを握っている左手が熱く感じて、るりは、しばらくそこから動けないでいた。
彼女の耳にまた、グラウンドからの部活動をする生徒たちの声が届く。
静寂を満たす理科室に射しこむ、明るい声。
そのうちに、消しゴムに書いた名前の男の子の声も、混ざりはじめた。
◇ 片恋消しゴム 了 ◇
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