2 三十センチ近い空

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 しかし、それの何がそんなに面白いのか圭介にはわからず、目を瞬かせることしかできない。先ほどから万華鏡のように、くるくると変わる美羽の表情から、目を離せないでいた。  美羽は、圭介のクラスである二組によく遊びに来る。それは二組に、美羽と仲が良い友人がいるからだ。  他のクラスに堂々と入りこんできては、大きな声で笑っている彼女を、圭介は「今日も来てるなぁ」と、まるで公園に遊びに来る野良猫のように見ていた。  小さくて、元気で、いつも笑っている。  そんな明るいイメージがある彼女はやはり、そのとおりだったようだ。 「……ところで、望月」  圭介は、おもむろに口を開いた。 「ん、何?」 「喋ってて大丈夫か? もうチャイム、鳴ってたけど」 「……あ! 大丈夫じゃない!」  美羽はまた表情をくるりと変えると、うさぎのように跳びはねてとなりのクラス、三組へと入っていった。  りすだったり、猫だったり、うさぎだったり。  せわしない彼女の挙動に、圭介の目元もいつの間にか細くなっていた。  圭介は教室に入ると、窓際から二列目、一番後ろの席にカバンを置いた。  前方に座っていた男子生徒がふり返り「大谷、おはよう」と圭介に声をかけた。友人の中曽根悠(なかぞね ゆう)だ。  圭介とは小学校からの仲で、サッカー部仲間でもある彼は、上半身をねじって高い圭介を見上げて言う。 「望月とならぶと、やっぱり大きいな、お前」  その言葉から察するに、先ほどの美羽とのやりとりを見られていたらしい。 「何だよ、望月が小さいだけだろう」 「そりゃそうだけどさ。お前たち二人がならぶと、あんまり差があったから面白くて」 「おう、どうやら定規一本分らしい」 「定規?」 「三十センチ、差があるんだってさ」 「ああ、それをさっき話していたのか」  すごいな、と悠はくしゃりと笑った。  そこでちょうど担任の先生が教室に入ってきたので、二人の会話も終わった。  圭介は席に座り頬杖をつくと、友人の後ろ姿を見つめながら、先ほど言われた言葉を反芻した。 (すごいな、……ね)  昔から、圭介によく向けられた言葉だった。  まるで竹のように伸びていく身長は、いつだってまわりより圭介を目立たせていた。  よく見える他人のつむじも、羨ましげに見上げてくる表情も、すでに見慣れたものだ。  そんな視線は、圭介にとって気持ちの良いものでもあった。  どうだ、いいだろう。羨ましいだろう。  ただそこに立っているだけで、羨望と憧れの視線が向けられるのだから、お調子者になるのも仕方はなかった。  けれど最近、そんなまわりからの反応に、むず痒く感じる時がたまにあった。  無意識に膝をさする。最近また、足の節々が痛くなった。 (まだまだ俺の身長……伸びるのかなぁ)  そう考えた圭介は、知らず知らずのうちに、ため息を小さく吐いた。  つま先にぶら下がった紺色スリッパは、まだ少しだけ、余裕があった。
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