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◇ ◇ ◇
るりが幼なじみである悠に恋をしたのは、小学六年生の夏だった。それまでは、近所で一番仲が良い異性の友人として、ごく普通に仲良くしていた。
ところが、六年生の夏のことだった。
その日、るりは陰鬱な気分でプールサイドにいた。
ベンチで他の見学者と一緒になって座っていたが、さっきからチラチラと、とある男子生徒が薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ていることが、気になっていたのだ。
るりの見学理由は、腹痛──とプールカードには書いたが、本当は生理である。先月に初めてなってしまったときは、さいわいプールの授業には被らなかったが、今回はそうはいかなかった。
さっきからニヤニヤと笑っているその男子生徒は、クラスに一人はいるであろう、いわゆる問題児というやつで。性格は粗野で野蛮。暴力をふるうわけではないが、女子に対して下ネタを言ってきたりするので、評判は悪い生徒だった。
とくにこのプール授業は、最悪だった。見学する女子は全員生理だと決めつけて、からかってくるのだ。中には泣いてしまう女子もいたが、先生からの厳重注意も彼にはまったく効かない。
水泳の授業になるたびに女子の間では、数人が暗雲な表情を浮かべていたが、その数人に、るりはついになってしまったわけである。
数人の男子は、便乗して面白がって。
数人の男子は、我関せずと遠目で見ていた。
悠も、そんな遠目で見ていた一人だった。
「おー、戸田も生理かよー」
水着姿のまま近づいてきたそいつは、あろうことかるりを名指しにしてからかってきた。おそらく、一番隅に座っていたため目についたからだろう。
るりは目も合わせずに、ただうつむいて、嵐が過ぎ去るのを待った。
「プールに近づいてくるなよ? 生理が移っちゃうからさ〜!」
その言葉に近くにいた男子は笑い、同じベンチに座っていた女子は「やめなよ!」と庇おうとしてくれていた。
るりは、何も言えなかった。
いつもなら、こんなやつに黙っているほどお人好しのるりではない。控えめな性格ではあるが、しっかりと、自らの主張はできるタイプだ。けれど──。
そのときるりの頭にあったのは、羞恥と悔しさ、そして敗北感だった。
誰に負けたというわけではないが、ただ女の子としての体の変化があっただけで、こんなふうにからかいの対象になってしまったことが、とても悔しかったのだ。
(なんで、こんなやつに言われなくちゃならないの? 私だって、好きで見学してるわけじゃないのに……)
その頃のるりは、ただひたすらに、恥ずかしかったのだ。大人の階段を上り始めた体とはうらはらに、心が追いつけず、小さな混乱を胸に抱えていた。
うつむいたるりの目に、じんわりと涙が浮かぶ。
ああ、私もついに、こいつにからかわれて泣いちゃう子の仲間入りかも──と、るりが悲しくなった、その時だった。
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