1 片恋消しゴム

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「うわ!?」  と男子生徒の悲鳴があがり、その後に、水飛沫が飛び散る派手な音が聞こえた。  落胆していたるりが顔を上げて、驚いた。あの男子生徒が、プールに落っこちているではないか。  その代わりに近くに立っていたのは、水着姿の悠だった。 「そこに立ってると邪魔だろ、バーカ」  悠は背中をこちらに向けていたので、どんな顔をしてそのセリフを言ったのかはわからなかった。るりには、悠の日焼けした健康的な背中しか見えなかった。 「な、何するんだよ中曽根ー!」  プールに落とされた男子生徒は、あっぷあっぷと水かきをしながらプールの端に寄ってくる。どうやら、一番深い場所に落とされてしまったようだ。 「悪い悪い、ほら」  悠は腰をかがめて、男子生徒に手を伸ばし、引っ張ろうとした。  しかし、すぐに「なんてな」と言って手を離したので、男子生徒はふたたび、プールに水飛沫をあげて落ちてしまった。 「なっ、中曽根! てめぇ!」 「へっへーん。騙される方がバカなんですー」  怒った男子生徒は自力でプールからはい上がると、走り出した悠を追いかけ始めた。もうすでに、るりのことなど忘れているようだ。  るりといえば、その一部始終を、ただ口をぽかんと開けて見守っているしかなかった。  遠くなる悠の後ろ姿を見つめる。小麦色の背中を少しひねらせて、彼は一瞬、るりの方を見た。  その目と視線が合ったとき、悠は、笑ってくれたのだ。  それはまるで、真夏の太陽みたいな笑顔で。 (もしかして、助けてくれた……?)  真意など、わからない。  けれど悠のおかげで、もうからかわれなくなったのは事実だった。  るりが、悠を意識しだしたのはそれからだった。  それが恋愛感情だと気づくまで、すこし時間はかかってしまった。幼なじみであった悠を好きになるなんて、るりは思ってもみなかったから。  だから、卒業するまで何もできなかった。告白なんてあり得なかった。  今までの軽口を叩ける間柄で、充分るりは満足していた。  中学に上がって、また同じクラスになれた時は嬉しかった。となりの席と知ったときには、まさか人生の運をすべてここで使っているんじゃないか……と、不安になるくらいだったのだ。
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