1 片恋消しゴム

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「あ、それなら顕微鏡で微生物見るやつかな。昨日、私のクラスもやったんだよ。ミジンコ、すっごく可愛かったよ」 「えー、ミジンコなんて可愛くないよ」 「そうかなぁ、可愛いよ? 頭がまんまるで、両手が『抱っこして!』てせがんでるみたいにピーンってはってるの。観察実験のとき、よーく見てみてね」 「ミジンコのあれは手じゃなくて、触角だよ」 「えっ、手じゃないの!? うそ、知らなかった!」  美羽と梢のやりとりは、いつ見てもボケとツッコミのそれである。それを苦笑して見守るのが、るりのいつものポジションだった。  話題はいつも大体、美羽が提供し、それにるりが「うんうん」とうなずいて、梢が「それって、こうじゃない?」と分析する。そんな三人組だ。  そして、話題がいつもあちこちに飛ぶ美羽は、今日も唐突に、まったく違う話題を切り出してきた。 「そういえば、るりっち、中曽根くんとはどうなの?」 「えっ」 「また同じクラスで、席もとなりなんだよね。何か進展とか、あったりして」 「そ、そんなことは……」  進展どころか、後退しているとはとても言えない。  るりの片想いを知っているのは、今のところ梢と美羽だけだ。恋愛話が好きな美羽は隙あらば、るりと悠の話を聞きたがる。  るりも、恋愛話は嫌いじゃない。いつもなら照れつつも美羽に話をするが、今はとてもそんな気分にはなれなかった。 「えっと……」  声がつまる。  すると、となりの梢が察知したのだろう。美羽に言った。 「美羽はどうなの? たしか、園芸部の部長さんがカッコいいって、騒いでたじゃない」  すると美羽は、待ってましたとばかりに笑顔を浮かべた。 「そうなの! すっごくカッコいいんだよ! 聞いて聞いて、この間なんて、部員のみんなで肥料作ってるときにね」  美羽の恋愛トークがなめらかにスタートした。おそらくるりの恋愛事情を聞いたのも、自分の話への取っ掛かりだったのかもしれない。  るりはホッとしつつ、梢に目配せだけで感謝を伝える。梢は「どういたしまして」とでも言うように微笑み、美羽とまたボケとツッコミを交えたトークを続けた。  結局、理科室に着くのは、チャイムが鳴るぎりぎり前になってしまった。
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