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狂ったように烏が叫ぶ。その鳴き声はまるで声を上げられない男の代わりに叫び狂っているようだ。
目の前で繰り広げられる、男の血肉の奪い合い───忌むべき人肉嗜食。何も考えられない。強烈な現実に、何を考えればいいのかも判らない。
噎せ返る血の臭いの中、とうとう男は絶命したようだ。全く動かなくなった男を、村人たちは嬉々として解体し始める。地獄絵図だ───……
こんなことがまかり通っていいはずがない。赦される行為じゃない。隣の巫女に力なく話し掛ける。
『け、警察と……救急車、呼ばないと……』
自分の中の理性と思考を精一杯掻き集めて出てきたのが、こんなありふれた言葉。当たり前のことを言っていると思う一方で、酷く場違いなことを言っているようにも思う。男はとっくに死んでいる。それは傍目にも解ること。けれどこんな発言になるのは、自分は全くの無関係だということ、自分は現状をどうにかしようとしていたと言い訳が出来るように保身を図っただけだ。
『無駄だ』
巫女の言葉は短い。短くて足りない。何で無駄なんだ。何で何もしないんだ。何でただ見ているだけなんだ。
言い募ろうとした俺の意識はまたどこかに引っ張られ、もみくちゃにされる。さっきと同じ感覚。しばらくしてから目を開けると変わりない風景。それでも何かさっきまでと空気が違う。
色々巫女に訊きたいのに、何かが麻痺しているようでひとつも言葉にならない。有り得ないことが起こっている。夢だと一言で済ませてしまえれば楽なのに。
じっとしていると、また悲鳴が聞こえてきた。すると家々から飛び出してくる村人たち。まさか……またなのか? 今まで誰も外に居なかったのに。まさか、また同じことを? 嫌だ、もう見たくない!
『おい、止めろよ! 何で何にもしないんだよ!?』
俺の叫びに、巫女は微かに唇を噛んだ。
『止めたくとも止められぬ。これは過去世……過去に起こったことだ』
過去? 過去だって? 何を言ってるんだ。過去になんて戻れるわけないだろうが。
響く絶叫。こんな言葉を交わしているうちにも奪われていく命。どうにかしないといけないのに、どうにもすることなど無くて。恐ろしさに脚が竦み、ただ傍から喚くだけの無責任な傍観者に成り下がる。
───その後も、この悪夢は続いた。
この巫女は何だってこんなものを見せる?
『……この村は、余りの貧しさに禁忌を犯した』
まるで実際見てきたかのように巫女が話し始めた。俺は目の前の悪夢から目を背けることで精一杯だ。
『貧しく救いもなく、糧はひとつもない。お上からも天からも見放された。訴えても声は届かず、現状は無きものとされた』
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