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見慣れていたはずの風景は、全く別の顔を見せている。家から出てくる村人たちは、まるで時代劇に出てくるようなみずぼらしい着物を纏っていた。老人も子どもも。奇怪しい。
何もかもが奇怪しい。
服装だけじゃない。家も古過ぎる。見るからに古い。そして何より──子どもの数が多過ぎる。もうじき廃村になろうかとしている村だ。こんなに小さい子どもが急に増えるわけがない。もしかして過疎化を何とかしようとどこかから拐ってきた? でもそれだったらすぐ事件になって騒がれるはず。
そして一様に痩せ細った身体つき。ぼろぼろの着物の裾からは枯れ木のような腕や脚が見える。異常だ。
どこかでか細い声が上がった。
そんなに大きな声じゃなかったのに、家々から村人が出てきた。みんな異様なほど目が血走っている。その思わぬ迫力に圧倒される。
か細い声の主は、痩せた馬を連れた痩せぎすの男だった。尋常じゃないほどの、真っ白な顔色だ。それもそのはず、痩せた男の両足からは大量の血が流れている。今すぐ手当てをしなければ手遅れになりそうだ。
『お、おい……早くあの人助けないと』
発した自分の声は相変わらず違和感があるけれど、最初のころほどではない。巫女を見ても難しい顔をしているだけで動こうとしない。何だよこいつは!
村人たちは血を流した男の周りを囲い、見下ろしている。誰も助けようとしない。どうしてだ? 誰か応急処置ぐらい出来るだろう。
『何で誰も助けないんだよ!? 何か手当て出来る物持ってないのか!?』
『……手は出せぬ。辛抱するしかない』
『はぁ!? 何でだよ!』
どうすればいいかなんて判らない。応急処置の仕方なんて知らない。けれど、何かひとつだけでも手助けを──!
そう思った俺の目の前で。
村人たちは動いた。
痩せた男の四肢を掴み、口を塞ぎ、後ろから腕を回して首を絞めた。躊躇うことなく。
目の前の光景が信じられなかった。
口を開けたまま、何か手助けをしようとして一歩を踏み出した体勢のまま──俺は動けなかった。
命が失われていく。命が奪われていく。その有り得ない現実に、動けなかった。巫女は相変わらず動かない。
痩せた身体のどこにそんな力があったのか、男は必死に抵抗する。手足を振り回そうとするが、村人たちが重石になって芋虫のように蠢くだけになる。
男が連れた馬も引き摺り倒され、腹を裂かれていた。そして村人たちは我先にと裂かれた腹に手を突っ込み、内臓を奪い合う。
噎せ返るほどの血の臭い──叫ぶことさえ出来ない断末魔。
目の前の悪夢に、凍り付いて動けなかった────……
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