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「────御祓給え」
巫女の声が聞こえる。全身を苛む灼熱の痛みは変わらない。肩に、腹に、黒い猿の歯と爪が喰い込む。
シャン! と鈴の音がする。
「祓い給い、清め給え」
あの巫女の声だ、と判るのに時間が掛かった。激痛が思考の邪魔をする。
「祓い給い、清め給え」
シャンシャンシャンシャンシャン────
さっきと同じだ。鈴の音が身体の内部に入り込み、境目がなくなっていく。
「御祓給え──祓え給い、清め給え」
鈴の音と巫女の声に、黒い猿の勢いが弱くなってきた。規則正しい鈴の音と声……とうとう猿の牙は俺から引き抜かれた。痛みを生み出していた元凶はなくなっても、傷を負ったことに変わりはない。呼吸が上手く出来なくて、ひゅーひゅーと不格好な音が漏れる。
「……きゅ、救急車」
予測不能の事態にただ固まっているだけのバイト仲間に向けて精一杯呟く。俺の呟きは何とか届いたようで、仲間たちがあわあわと動き出す。
「無駄だ」
それを遮るように、巫女の一声が投げられた。
「なん、で……」
こんなに痛いのに。こんなに血が出ているのに! 病院で治療してもらわないと!
倒れたまま巫女を見上げると、恐ろしいことにあの黒い猿を肩に乗せている。どういうことだ。その猿と仲間なのか!?
「これは────神だ」
何だって? 巫女の言った言葉は酷い冗談だ。こんな醜悪で禍々しい黒い猿が神? そんなわけないだろう! どう見たって悪そのものだ!
「正しくは神の眷族だ。穢れを持っているお前が神の聖域に近付いてきた。穢れは排除せねばならぬ。お前を強制的に排除しようとした」
神? 本当に、これが神? 本当に俺は神の怒りを買っているのか?
「神が排除しようとして付けた傷だ。人間の医者に診せたところで治療など出来ん。治すことなど不可能だ」
俺は死ぬしかないのか? だけど……
「助けて……くれたんだろ?」
完全にやっつけてくれたわけじゃなくとも、黒い猿を俺から引き剥がしてくれた。助けてくれたんだろう? 何とかなるんだろう!?
縋るように巫女を見上げたけれど、返ってきたのは否定の言葉。
「このままではお前を排除しようとして神までもが穢れてしまう。だから一時的に神の気を静めただけだ」
そんな……じゃあ俺は? 俺はどうなる?
巫女は俺に向かって鈴を鳴らす。今ではこの鈴の音が恐ろしく感じる。何かが曝かれてしまう。噛み付かれた肩の傷から何かが侵入してくる。鈴の音が入ってくる。
音に合わせて痛みが強くなってきた。全身に回り、気が遠くなる。ここで気を失ったらとんでもないことになる……そう思うのに。絶対に良くないことが起こる。なのに……
意識を保つことは────……出来なかった。
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