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────……意識が浮上していく。眠っていたところからゆっくりと覚醒していく。そんな感覚。
俺は生きてるのか……死んでなかったんだ。あれ、でも。あれ? 奇怪しい……手足の感覚がないぞ。
『……今、お前は魂だけの存在だ』
この声は……いつの間にか馴染んでしまった巫女の声だ。
『魂?』
あれ、自分の声も変な風に聞こえる。耳を塞ぎこみながら喋っているような感じ。耳の中に水が入った時のような。だけど、さっきまでのような痛みはない。焦燥感もない。やっと、普通な状態に戻ったみたいだ。
『魂だけなら、千里の距離も一気に翔べる。ここはお前の産まれ育った地だ』
え、産まれ育った地? ってことはあの寂れた村かよ! やっと離れられて、二度と戻るつもりなかったのに! 村の奴らや身内に見付かったら面倒なことになる!
『何でそんな余計なことするんだよ! せっかく村から出たのに!』
『……大丈夫だ。お前は村の人間には見付からない』
は? そうなのか? そんなことが出来るのか? だったら安心だけど……
『でも何でここに戻ってきたんだよ?』
こんな寂れた村。何もない、近い将来廃村になるだろう村。
『……言葉で説明するより、見る方が理解しやすいだろう』
『見る? 何を?』
『この村で起きた──過去の惨劇を』
何だよ、それ……ビビらすこと言うなよ。確かに閉鎖的で寂れた村だけど、ただそれだけだろ。そんな特別な何かがあるわけないだろう。
意識が急激に変化する。引っ張られるっていった方がいい感覚かもしれない。何か良く判らないけれど、意識だけがもみくちゃにされて無理矢理違う場所に飛ばされたような。
しばらくして、恐る恐る目を開けると、そこはいつもと変わらない寂れた村の風景。何だよ、何にも変わってないじゃないか。何が過去の惨劇だよ。
懐かしさを含んだ感傷が沸き起こる。懐かしくなんかない。こんな寂れた村は嫌いなんだ。だから今感じていることは絶対に勘違いだ。
目の前を見回していると、洗濯物が目についた。随分傷んでそうな着物が干してある。着物? いくら寂れた村でも、着物を着ている年寄りは居なかった。そこまで時代錯誤な村じゃない。けれど、洗濯物を干してある家には全て着物が吊るされている。
──何かが変だ。
何が変なのか判らないが、何かが奇怪しい。海沿いの寂れた村。閉鎖的で、出て行く者も訪れる者も拒み、子どもも増えない村。俺はそんな認識だった。
けれども、今目の前に広がっている風景は、見慣れた産まれ故郷とは違うものだった。
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