サブマージ・サマー

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「あっ」  という声よりも早く、繋がれていた手がほどけていった。瞬きの間に彼氏は人の濁流にのまれて消えた。  下手に探すよりもじっとしていたほうが得策だと思って脇によけ、濡れた手のひらを服の裾で拭き、りんご飴をかじる。その衝撃と元々の重量に耐えかねた割りばしからりんご飴が地面に落ちた。  すぐに獲物の匂いを嗅ぎつけた虫たちがやって来るだろう。運びやすいようにサンダルのヒールで踏みつけて砕いてやる。  瞬間、視界が乾いた手のひらで覆われ、真っ暗になった。 「だーれだ」  喉の上の方からわざとらしく出す高い声に耐え切れず失笑する。 「七瀬」 「あたり」  視界が良好になり振り向くと、口元だけを緩めて笑っている七瀬が立っていた。頭の左上にはお面の狐がいて、整った顔立ちも相まって余計に浮世離れしていた。紺地のかすれ縞の浴衣も、よく似合っている。 「七瀬も来てたんだ。ひとり?」 「いや。連れとはぐれた」 「連れって、彼女?」 「そう」 「わたしと一緒だ」  えへへ、と笑う。「馬鹿面」と額を突かれる。それから狐のお面を無理やり被せられた。 「わ、なに?」 「虫よけ。なっちゃんはかわいいから」 「なら、七瀬が守ってよ」 「それが面倒だから、こうしてるんだよ」
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