サブマージ・サマー

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 この人たちには日本語が通じないに加えて他人の心の機微がわからないらしい。電球ソーダの列に時間をかけて並んでいるということは電球ソーダが飲みたいわけで、お兄さんたちとどこかへ行きたいわけではない、ということがなぜわからないんだろう。  ようやく真ん中まで来たというのにここで列から外れるわけにはいかない。腕を引っ張られる力に逆らうように、わたしは足を踏ん張る。 「いいじゃん、どうせひとりでしょ」 「だから、今はって言うだけで」 「はいはい、こっち来た方が絶対楽しいから、ね」  誘惑の言葉に若干心が揺らいだ。確かに、わたしの気持ちを知っておきながらおもちゃのように扱って楽しむ七瀬といるよりは、「かわいい、かわいい」とお兄さんたちに愛でてもらった方が有意義な時間を過ごせるかもしれない。  なんて。どんな誘惑よりも、七瀬がわたしにくれる熱をはらんだ視線や含みのある言葉の方が、ずっとずっと甘美なものだということを、わたしはとうの昔に知ってしまっている。  力の緩んだ足元。一歩道を踏み外してしまいそうになった瞬間に腕の拘束は解けた。その代わり、わたしの腕を引っ張っていたお兄さんが勢いよく地面に倒れ込む。一気に人混みに穴が空いた。 「な、七瀬……」  浴衣を着た七瀬が、思い切りお兄さんを蹴飛ばした。
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