サブマージ・サマー

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「那月、離れないようにね」 「あ、うん」  馬鹿みたいに強い力でわたしの手を握る、彼氏。わたしの左手はすでにりんご飴という先客がいて、せっかく空いていた右手まで繋がれたものだから、自由を奪われた。鼻が痒くなったらどうしよう。右手、離してもらえるかな。そんなことを考えながら、ひとりでは到底食べきれそうにない大きなりんご飴を舐めた。たった今、彼氏に買ってもらったもの。透明な砂糖の固まりでコーティングされたそれは、すごく甘かった。  彼氏と付き合って一年が経つ、中学三年生の夏。右を見ても左を見ても歩きにくそうな浴衣で身を包んだ人たちが蔓延る夏祭りの会場。人混みの中を彼氏の湿った手に引かれながら歩いて行く。彼氏の足元からはカラン、コロンと下駄の音が聞こえるが、わたしは浴衣を着ていない。こんな、地元の神社で地元の人間が全員集まるような祭りに、気合を入れてやって来る意味がわからないから。  夜が焦るように日が暮れ、空気が涼んでいく。とはいえ、浴衣の男女は見ているだけで暑そう。証拠に、彼氏の首元にも汗が数滴浮いている。少し背伸びしてそれを舐めてみたら、いったいどんな反応をするだろう。喜ぶ? 蔑む? どっちだっていい。だって、そんなことをする日は一生来ないから。
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