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「私、一度海で泳いでみたかったの。友達はみんな可愛い水着で海に入って。なのに、私は眺めてばかり。こんな酷い話はないわ!」
『……くだらんな。あんな海で泳いで何になる?それに誰が泳いではいけないと言ったんだ。泳ぎを身に付けたいたらスイミングに通えと言っただろう』
父は尚も威圧的だ。しかし雛子も負けていない。
「泳ぎがしたいんじゃないの。太陽を浴びて、家族でバレーボールして、友達とふざけて、屋台の味の濃いご飯を食べて。そういう事がしたかった。小さい頃から、ずぅーーっと思ってた」
『ずっとって、そんな事聞いた事が──────』
「お父さん、いつもさっきみたいに言うんだもの。小学校に上がる頃からは言わなくなったから、覚えていないと思う。だって、言ったって、きっと、どうせ──────」
途中から感情が昂り、何故か嗚咽が込み上げてきた。
『雛子……』
「私が何で一人で海に行くか、知ってる?」
『……』
「友達と行くと辛くなるから。家族は誘っても来てくれないから──────」
雛子は時計をちらりと見た。残り時間は数十秒。彼女は明るい声で言う。
「私、海の賑やかな声を聞かないようにしてた。見ないようにしてた。でも、今日誰かさんに会って、ちゃんと海を見た。みんなを見た。そうしたら、やっぱり、羨ましくなっちゃった……」
父は黙っている。残り10秒。雛子は息を吸う。
「…わがまま言って、ごめんなさい」
『雛子』
父が口を開く。
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