13人が本棚に入れています
本棚に追加
「思ったより高いのね。こんな所に座ってらしたの」
少女は目を細める。
「貴女には高いかもしれませんね。でも、
見晴らしがとっても良いですよ。ほら」
「見晴らしって…人ばっかり見て楽しいのです?」
「人ばっかりだから楽しいのです」
「そうかしら」
「そうですよ。ほら、賑やかですよ」
「……そうかしら」
「そうですよ」
「あなたは泳ぎに行かなくて?」
「僕、多分泳げないんですよ」
男は肩をすくめて苦い顔をする。
「この辺りの方で泳げないの、珍しいわ」
「遠くから来たんです」
男は目を細める。
「お嬢さんは近所の方ですか」
「ええ。ほら、あそこに古い洋館が見えるでしょう?あそこに住んでおりますの」
見ると、小さいながらも小綺麗なレンガ造りの屋敷が遠くに見える。
「申し遅れましたわ。私、一峯寺雛子。女学院に通っております」
そう言って、防波堤には似合わないほど丁寧に頭を下げた。顔を上げると、男が細い指で名刺を差し出している。雛子はそれを読み上げる。
「あふさかにろう?」
「現代的仮名遣いでお読み下さい」
「逢坂二郎」
逢坂は満足げに頷いた。
しかし雛子は尚も訝しげに名刺を見つめる。
「変わった名刺。お名前しか書いてないのね」
「気になります?」
「ええ───何故かしら、私にも良く分かりませんの」
それを聞いた逢坂は立ち上がり、座っている雛子に手を差し出す。
「───少し付き合って頂けますか」
雛子は少し躊躇った後、その手を取る。
彼に手を引かれ、海岸を離れる。
最初のコメントを投稿しよう!