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『はい、こちら一峯寺ですが────』
機械的な口調の低い男性の声の後ろでは、バタバタと慌ただしい音がする。まずい。仕事中だったか。
「もしもし、雛子です。お父様」
『ああ、雛子か。非通知で掛けてくるなんて、まさか携帯を失くしたのか?』
「……いえ──────」
「今、お忙しいですか」
『今夜の会長との会食の皺寄せで、時間が押してるんだ。早く要件を言いなさい』
ぶっきらぼうな口調から不機嫌が嫌という程伝わってくる。おじいちゃん───会長とは、どうも反りが合わないらしい。今朝からの不機嫌の原因はこれだったのか。いやはやまずいタイミングで掛けてしまった。
『どうした、こっちも忙しいんだ』
感情の篭っていない声かイライラが伝わってくる。
「いえ、お父さん怒るかなって…」
『子供じゃないんだからお父様と呼びなさい』
「ごめんなさい」
雛子はビクリと肩をすくめる。言わないでいるほうが怒られそうだ。ガラスの向こうの逢坂は、相変わらず呑気に蝉を愛でている。お父様もこれくらい穏やかだったらいいのにね──────。
こちらにもタイムリミットがある事を思い出す。このまま3分経ってしまえばいいのに──────そんな考えが一瞬頭をよぎる。それじゃ逢坂さんに合わせる顔がないわ。ふるふると頭を振り、その考えを振り払う。
掛けたことを後悔しつつ、切り出す。
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