テレカ屋さん2 夏の浜辺にて

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「あのね、私、海にいるんです」 『またそんな所ほっつき歩いてるのか』 呆れたようにため息をつく。雛子は折れそうになる心を必死に保つ。 「皆楽しそうよ。冷たい波の中を泳いで、沢山の屋台から美味しい匂いがして」 『フン。そんな馬鹿な奴ら放っておけ』 父親は吐き捨てるように言うと、声を低くして言った。 『雛子、お父さんがどんな思いで雛子を育てたか、家を守ってきたか、分かるかい。そんな所にいないで、早く帰ってきなさい』 幼き日の記憶が蘇る。 苗字を呼ばれるのが嫌だった。 地元の人ならその名前を言えば目を丸くするような企業。あら、あの一峯寺さんの娘さん?あら、お嬢様ねぇ。私のウチなんて漁師よ、私もそんな家に生まれてみたかったわぁ。 父と母は、よく言った。 雛子、自覚を持ちなさい。 雛子ちゃん、貴女の一挙一動は、貴女一人のものではないのよ。 母さんの言う通りだ。お前はきちんと勉強して、きちんとした振る舞いを身につけなさい。 言うこと聞けるわよね、雛子ちゃんは素直な子だから────── 期待してる──────そう言われると、何も言えなかった。見捨てられてしまうのが、怖かった。 しかし、今日の雛子は違った。今日は、何故か勇気が湧いてくる。まるで夢の中にいるような気持ちだ。何をしても夢が醒めてしまえば元通りになるような、無責任な、しかし自信に満ち溢れた、そんな気持ち。まるで夏の熱に浮かされているようだった。 まだ説教を続けようとする父親を遮る。 「ねぇ、お父さん」 『だから、お父さんじゃなくてお父様と──────』 「わたし、水着が欲しいの」 『は!?』 聞いた事のないような素っ頓狂な声をあげて、父親の声が止まった。その空白を埋めるように、雛子の口からは堰を切ったように言葉が溢れる。
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