達彦

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達彦

 小学校の頃は学級委員にも任命され、わりと知的な印象だった。  龍彦はおどおどとした姿に変貌していた。  美代子は不思議だった。  五年で、人はあんなに変わってしまうものだろうか。  花田くんとの対比で、余計にみずぼらしく見えた。 「ばけもん」  達彦がかつて口にした姉への印象は、正しい。  美代子は確信している。  存在に否定すべき箇所がいっさいなかった人間、それが姉だった。  そんなの、人間ではない。  それは、とても奇妙だった。  両親に愛され、妹である美代子の世話を焼き、吹奏楽部に入り青春を謳歌していた姉。  まさか男といっしょに飛び降り自殺を図るなんて思いもよらなかった。  あの日のことを美代子はよく覚えている。  姉がいつまでたっても帰ってこず、父は家の周辺を探しに出て行った。  母はリビングをうろついたり、椅子に腰掛けてため息をついたりしていた。  電話がくるのを待ち続けていた。  美代子は両親の慌てぶりを眺めながら、いま、非日常的なことが起きている、とだけ感じていた。  口に出すことはできなかった。  なにかいったら怒られてしまうに違いない。  母の表情は、美代子のわがままや無作法な態度を叱るとき以上に切迫したものがあった。  早く姉が帰ってきてくれないか、と美代子は願った。  電話が鳴った。  母は走って駆け寄り受話器をとった。  はい、はい、と短く相槌をうった。  電話を終えると母は一度大きく息を吐いた。  覚えている。  そして洗面所に向かい、化粧をした。  美代子は母が化粧をするのを見るのが好きだった。  顔が華やいだものに変わっていく過程は、いつだって興奮させられる。  自分もそうやってお化粧をしてみたい。  完璧にメイクを終えてから、母は電話をかけた。  父にかけたのだろう。そして美代子を連れて、病院へ向かった。  そういえば、母が化粧を落とした姿をあれから見ていない。  いつだって、顔をつくったままでいる。  母の素顔を忘れかけている。  そして美代子は、化粧をしたいと思わなくなった。
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