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展望室
新宿都庁の展望室は、目を見張る景色が広がっていた。
遥か先まで続く街並みは、こんなに気分を高揚させるのか。
気持ちが盛り上がる。
美代子はさっきまでの憂鬱を忘れた。
花田くんは横で黙っている。
「ねえ、うち、どこかなあ」
美代子のほうから話しかけた。
ふたりであそこじゃないか、どうかな、と興奮しながら話し合う。
部活の友達のアイデアにしてはよくできたプランだと感心した。
見物客が少ないのもよかった。
カップルと、外国の観光客がちらほら。
それぞれ好き勝手に眺めて、やたら写真を撮っている。
「ねえ、一緒に写真撮らない?」
花田くんがいったとき、美代子は素直に頷いた。
「どうかな」
スマホの画面を花田くんが見せてきた。
少々ぎこちない顔をしていたけれど、これまで一緒に撮ったもののなかでは上出来だった。
「わたし写真苦手なんだよね」
「そんなことないよ、かわいい」
そういわれ、思わず美代子は花田くんを見上げた。
さらっと、ここぞというところでいえてしまう男だった。
レジで暇そうにしている売店の店員。
ダイナミックな夕暮れのわりに、のどかだ。
「僕のうちは、どっちらへんかなあ」
花田くんはそういいながら、のんびりと歩く。
美代子は下を眺めた。
なにもかもがおもちゃのようだ。
夕暮れをバックに影となっている街並みのあかりが鮮やかだった。
暗さにもさまざまな色合いがあるな、と思った。
「展望台っていいねえ」
花田くんはのんきにいう。
「そうだね」
こんなふうに、デートらしいことをしていると、自分たちが、きちんとカップルをしている、と安心する。
多分直美ならば、もっとさあ、夜景とかさあ、などとダメ出しをするだろう。
散々いわれてきた。
上から目線の直美を思い出したら口元が緩んだ。
「なに笑ってるの?」
花田くんが不思議そうな顔をした。
「思い出し笑いした」
「思い出し笑いする人はすけべなんだよ」
そういって花田くんは美代子の手をとる。
身を寄せ合っているカップルが目につく。
花田くんはそういう「見せつける」ことはしない。
なんと奥ゆかしいのか。
改めて花田くんを見やる。
高身長で塩顔(もう少し顔に緊張感があれば坂口健太郎、と真緒がいっていた)で、スポーツマン(もう少し細ければ坂口健太郎、と真緒が……)。女の子を尊重してくれる、男の子。
好感度高いに違いない。
「花田くん、どうして」
わたしと付き合っているの?
前々から思っていた疑問をぶつけようとしたとき、
「あれ?」
花田くんが立ち止まった。
なんだろう、と美代子は花田くんの顔を見る。
どこか面白がっているようだった。
見たことのない表情だった。
それまでのおっとりした雰囲気がいきなりなりをひそめた。
獲物を見つけた野生動物みたいだった。
彼の目線の先を見ると、男の子が一人、ガラスの向こうを眺めていた。
「エヴァじゃん」
その男の子に駆け寄ることなく、花田くんは少し大きな声で呼びかけた。
男の子は美代子たちのほうを向いた。
すぐ下を向いた。
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