#EX-12.広坂冨美恵の許容と慈愛

6/14
前へ
/369ページ
次へ
 苦しみを知る人間は強いのよ。何故なら、知らない人間には見えないものが見えるから……届かない領域に手が届くのだから。  迫りくる苦しみを肥やしにして、女なら、より美しくなる道をお選びなさい。女として生まれたことへの幸せを……感じなさい」  彼女は、何度も頭を下げて、帰った。見送る冨美恵の胸中は複雑そのものである。確かな手ごたえと……息子をあんな甘っちょろい人間に育て上げた人間がご高説を? という矛盾と……。 「さぁて。帰りますか」  一階へと降り、従業員に挨拶をし、店を出る。夏の蒸した空気に出迎えられ、冨美恵は、冷房で冷やされていた肘を擦った。年を取れば取るほど、寒暖差がきつくなる。救心の広告の彼が言う通りで。  宅に帰宅すると居間で夫の昇(のぼる)は熱茶を飲んでいた。新聞から目を譲ることなく、「――おい。おかわり」……と来たものだ。互いに、リタイヤしている……がまだ冨美恵は現役だ。一線を退いたものの、悩める従業員のためにしてやれることがあるのではと、奔走する日々を送っている。
/369ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5972人が本棚に入れています
本棚に追加