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車窓からの風景
「様子を見に来てやってほしい」
妻の妹の美月さんから連絡をもらったのは二週間前のことだった。
神戸。妻の美雪のふるさとにして、優也が子供の頃には大型連休の度に来ていた街。だが、若くして美雪が亡くなり、優也も大人になってしまうと、仕事の忙しさもあって自然と足が遠退いてしまっていた。
そんなときに舞い込んできたのが、美雪の母親が脳梗塞で倒れたという連絡だった。
すぐにでも駆けつけたいという気持ちはもちろんあった。現に優也は第一報を受けてからすぐに一回足を運んでいる。
だが、俺は優也のように適当な理由をつけて仕事を休むこともできず、今回が初めての見舞いになってしまった。はっきり言って少々気まずい。
隣の席を見ると、優也と亜紀ちゃんが楽しそうに話し込んでいる姿が見えた。
三沢亜紀。優也の保育園時代からの幼なじみ。今は優也の彼女らしい。幼なじみという関係が保育園の頃からずっと続いて大人の恋愛にまで発展するなんて、ドラマや小説の中だけのおとぎ話だと思っていたが、そんなおとぎ話の主人公たちがまさかこんな身近にいるとは思わなかった。
それにしても亜紀ちゃんは綺麗になった。ずっと優也と二人で生活を送ってきて、だんだん逞しく成長していく優也の背中なら、亡くなった美雪の分と合わせて十分に見てきたつもりだが、やはり男の子と女の子では成長の様子が違うことがよく分かる。
車窓からの風景に目をやった。普段の移動手段が車ばかりだからか、飛行機と電車を利用する今回の神戸への旅路は存分にリラックスできる。いつもステアリングを握り、道路の混雑状況と警察無線ばかりを気にしているのがいけないのだろうが、これだけ快適だとなんだか他の場所への旅も目論んでみたくなる。まぁ仕事の都合上難しいだろうが。
初めて神戸に行ったのは俺が二十七の秋だった。当時二年くらい付き合っていた美雪に勇気を出してプロポーズをして、奇跡的にOKの返事をもらってみると、次に浮かんだのがお互いの両親への挨拶だった。
俺の両親の方はまったく問題なかった。元々穏やかで口うるさいことを言うような両親じゃなかったし、実家が近かったから気軽に遊びに行くような感覚で美雪を紹介することができた。そして何よりも、美雪が一生懸命俺の両親に好かれようと努めてくれたから。
だから、美雪の方から実家の神戸に招待されたときは、今度は俺が美雪のために頑張る番だと意気込んで、今までなかったくらいにガチガチに緊張していた。
『ハルちゃん、普通でいいからね。別に格好いいところを見せてほしいとか、頼りがいのあるところを見せてほしいなんて思ってないんだからね』
『ああ』
『もう、今からそんなガチガチになっててどうすんのよー』
あまりにも情けない俺の姿を見て、向かいの席で美雪の温かい笑みがはじけた、ような気がした。
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