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一歩一歩、近付いてみる。何かが聞こえると思って耳を澄ませると、どうやら泣き声みたいだった。スンスンと、ガマンしてるような啜り泣きの声だ。体操座りで膝を抱えて、そこに顔を埋めてる。ハッキリとは分からないけど、多分私よりもずっと大きな男の人に見えた。
「あの…」
声をかけると、ビクッと反応する。でも、顔は上げてくれないみたいだ。
「すいません」
もう一度、声をかけた。
「…あっちへ行ってくれ」
顔を上げないまま、その人は沈んだ声色でそう言った。
「でも…」
「私のことは放っておいてくれ。そもそもお前、なぜここに入れた」
「分かりません、気付いたらもうこの場所にいて。ここがどこだか、知っているんですか?」
その人が、パッと顔を上げる。目が合って、私はビックリして声を上げた。
「え、閻魔大王…様!?」
私の大声に、その人は煩そうに涙を浮かべた目元をキュッと歪める。やっぱりさっきのは、泣き声だったんだ。
目の前でしかめっ面の涙目で私を見つめる男の人は、どう見ても閻魔大王様だ。いや、どう見てもっていうのは言い過ぎかもしれない。多分、閻魔大王様だよね?位が正しい。
顔立ちは、そのまま。だけど顔色は普通の人だし、不自然に目元や眉が吊り上がったりもしてない。整った顔立ちの男の人、そんな印象だった。草色の着物?浴衣?そんな感じの服装に身を包んでる。
「閻魔大王様、ですよね…?」
「何を言っているんだお前は」
「えっと…違うんですか?」
「私はそのような名ではない」
不機嫌そうにそう言って、その人はまた膝に顔を埋めた。
どうしよう、どうしたらいいんだろう…
この人しか、手がかりはないのに。というか自分より年上の男の人が泣いてる時って「どうしたんですか?」って聞いてもいいものなのかな…
「あ、あの…」
「…」
「えっと…」
「…」
いや。もうここは聞いてしまおう!一回声をかけちゃったんだし、聞くしかない。他に人がいるとかいないとか、それ以前にやっぱり泣いてる人を無視してはいけないよ。
「どうして…泣いているんですか?」
控えめに、そう尋ねる。てっきり答えてはもらえないかと思ってたけど、その人はまた顔を上げてくれた。
「なぜだ」
「え?」
「本当は、そんなことどうでもいいのだろう」
冷たい声色。でも、それよりも悲しげだった。
「所詮、人は己以外のことに興味がないのだ。最後には、他人よりも己を選ぶ。己が危ういと思えば、他者を陥れることも厭わない」
「そんな…」
「お前はまだ子供のようだから理解できぬかもしれんが、世の理とはそのようなものなのだ。いずれ、身を以て知る時が来るだろう」
「…」
また、鼻をすする音が聞こえる。一体、何が合ったんだろう。言葉からは、誰かに傷付けられたんじゃないかと思うけど…
「そうかも、しれません」
私はあの時、初めて人の悪意を知った。私に協力してくれてたフリをしてうちわをめちゃくちゃに壊した、美術部の二人。寺町君が犯人じゃないと知りながら、それを皆に言わなかった。彼女達は寺町君よりも、自分達が責められることが怖かったんだ。
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