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「自分より他人のことを庇うのって、凄く勇気がいることですよね。それをしたからって、相手が喜ぶとも限らない。自分が周りから責められて、嫌われて、ひとりぼっちになって…そんな辛い目にあってしまう位なら、それを自分じゃない誰かに押し付けようとしてしまうことって確かに酷いことだけど…そうしちゃっても、どうしようもない時もあるのかもしれません」
「…」
「私は、今までちゃんとしようって。自分が正しいと思う行動をしようって、そう思って生きてきました…って言ってもまだ十五年しか生きてないですけど。でもそれが間違ってたって、分かるできごとがあって。自分の正しいことが、他の人にもそうだとは限らない。私が自分の正しいと思うことを通したことで、嫌た思いをしちゃった人がいて…それに私は、気付けなかった」
閻魔大王に似たその人は、私を見つめて哀しそうな顔をした。私を慰めてくれるような、綺麗な瞳。きっと、優しい人なんだろうなって思う。
「ホントのホントに酷い人も世の中にはいるのかもしれないけど…皆心の中のどこかにきっと、自分じゃない誰かを大切にしたいって思う気持ちがあるんじゃないかなって私は思います。例え間違えることがあったとしても、私自身はずっとそんな人でいたいなって」
「…お前は、心根の綺麗な人間なのだな」
「そんなんじゃないです。いい子だって思われたいし、人から嫌われたら悲しいし」
「それは誰だってそうだろう。私には、お前が偽りを述べているわけではないと分かるのだ。ここは私の世界だからな」
その人は、膝を抱えたまま辺りをグルッと見渡した。
「生きることに疲れてしまったのだ。ここにいれば何者からも傷付けらることはない。私は永遠に、この場所で一人過ごしていこうと決めたのだ」
「…」
私よりは、年上。でも、私のお父さんよりもずっと若く見える。それなのに、ずっと一人でいたいなんて。一体どれだけ傷付く出来事があったんだろう。
「一人は、寂しいです…」
「お前に何が分かる」
「何も分かりません。分からないけど、私がここに来るまで、貴方は一人でここにいたんですよね?だけど、ちっとも幸せそうに見えないです」
「…」
「きっと、私には想像もできないような悲しいことがあったんですよね…こんなこと言われたって、迷惑でしかないことは分かってます。だけどやっぱり、一人は寂しいです」
「私は…もう疲れたのだ。人と、関わるということに」
その人は私の向こう、ずっと遠くを見つめた。
「…」
何があったのか、どういう事情なのか、私が今ここで聞いたってこの人の心の重さを軽くすることはできないだろう。勝手に自分の世界に入ってきた初対面の私じゃあ、彼を救うことはできない。
だけど…
私はポケットから手帳を取り出すと、その人の横に同じように体操座りをした。
「この手帳、自分からは誰にも見せたことないんです」
「…」
「よかったら、見ますか?私の手帳なんて大したことないけど…予定表の他に、自分の見たものとか感じたこととかそのまま書いてあって、実は結構恥ずかしかったりするんですよ」
へへ、と笑えばその人は手帳をジッと見つめて。その白くて細長い指をそろそろと伸ばして、遠慮がちに手帳に触れた。
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