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旅立ちの時
「大王様、この娘の魂はもう取り込まれてしまったのではないでしょうか」
…なんだろう、頭の端で声が聞こえる。
「まだだ」
「しかし、そのままでは大王様のお体が」
「構わぬ」
大王様…大王様?閻魔、大王様…
ゆっくりと、目を開ける。何だか体の真ん中辺りにあったかさを感じて、ボーッとする頭で視線だけをそこに向けた。
閻魔大王様が、険しい顔で私の心臓辺りに手をかざしてる。あったかさの正体は、たぶんこれだ。意識を失ってしまった私を、助けようとしてくれてるんだ。
「あの」
私が声を出すと、閻魔大王様の手が止まる。そこにいる人達の視線が私に集まるのが分かった。
「名前を申せ」
「は、花巻琴です」
「年は?」
「十四歳です」
「父親の名前は?」
「光一です」
「母親の名前は?」
「純香です…ってなんですかこの質問攻めは」
閻魔様が私の肩を掴み、物凄く真面目な顔で次々に質問を繰り出してくる。勢いに押されてつい答えちゃったけど、ちょっと意味が分からない。
「琴ちゃん、自分が誰だか分かるよね?」
閻魔様を押しのけるようにして、牛頭さんが私に顔を近付ける。あれ、この光景前にもあったような…
「牛頭、貴様」
「分かりにくいんですよ大王様は。それじゃあ心配してるってより尋問じゃないですか」
ヘラヘラッと笑って、牛頭さんも閻魔様みたいに私の肩を掴んだ。
「大丈夫?皆心配したんだよ」
「ありがとうございます、牛頭さん。私、自分が誰だか分かります」
「痛いところはない?」
「はい!何だか不思議なんですけど…スッキリしてるっていうか、あったかい感じがします」
「大王様が頑張ってたからね。琴ちゃんに自分の氣《キ》を送ってさ」
「氣?」
「力の源みたいな感じかな?魂である大王様にとっては命を削ってるも同じなんだ」
「牛頭、余計なことを口にするな」
眉間に深くシワを寄せた閻魔大王様が、唸るような声を上げた。
「あの、閻魔大王様ありがとうございました。私の為に…」
起き上がってペコリと頭を下げる。
「礼などいらん。お前が危険な目に合ったのは私の責任だ」
「閻魔大王様のせいじゃありません!止められたのに、私が勝手に飛び出したんです!それで、あのおばあさんは…」
「今はまだ霊界に止まっている。だがお前が無事だと分かれば天界へと戻ることができるだろう」
それを聞いて、私はホッと胸を撫で下ろした。
「良かった…」
「…すまなかった、花巻琴」
「謝らないでください!閻魔大王様のせいではありません。それにあのまま何もしなかったら、私はきっと後悔していたと思うんです。閻魔大王様が、私を信じて最後まで見守っていてくださったんですよね?ありがとうございました」
もう大丈夫。それを伝えたくてニコッと笑えば、閻魔大王様は複雑な表情を浮かべた。
「お前は本当に…」
そう口にして、閻魔大王様の体が傾く。そのままドサッという音を立てて、閻魔大王様は床に倒れ込んだ。
「閻魔様…?閻魔大王様!」
「大王様!」
私が駆け寄って、それを馬頭さんが押しのけて、閻魔大王様を抱えた。
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