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それを見て、自然と笑みが溢れる。
「お前はおかしなヤツだな。元はといえば、少しでも早う現世へ戻りたくて私の願いを聞き入れたのではないのか」
それが、なぜそんな顔をするのだ。
「もちろん、早く戻らなきゃって思ってます。寺町君のことも気になるし、お父さんだってきっと不安に思ってるだろうし。だけどやっぱり…寂しいです。閻魔大王様や馬頭さん、牛頭さん、司録さんや司命さんとお別れするのは」
「お前達にとって私達は化け物も同然。それを寂しいなどとは、お前は本当におかしな娘だ」
私の言葉に一瞬頬を膨らませて、花巻琴は再びその表情に陰を落とした。
「化け物なんかじゃないです。皆さん優しくて、面白くて、強くて、尊敬してます」
「…」
「特に閻魔大王様は、とても凄い人だなって。怖いのは、自分の為じゃなくて私達の為で。誰もしたくないことを背負って、誰からも感謝されない。こんな辛い思いしても、逃げ出さないで毎日毎日魂と向き合って。本当に本当に、凄い人だなって」
「お前…」
「私だけじゃなくて、ここにいる馬頭さんや牛頭さん達皆、閻魔大王様のこと心から尊敬してると思います…って、すいません偉そうに」
「お前は」
私は、理解しているつもりだった。この命に就き、少しでも阿弥陀如来様のお力添えができるならばそれだけで本望だと。
一度は人間という存在に絶望した私が、再びこうして人間の魂と関わり合う。それも、私は恨まれこそすれ決してありがたがられはしないのだ。
感謝されたいわけではない、好かれたいわけでもない。私はただ、己に課された使命を全うするのみ。それだけで、良いのだと。
「私の存在にも、価値はあると思うか」
何と、愚かなことを聞く。それをこの娘に聞いたところで、何が変わるというのだろうか。
花巻琴は目を見開き、そして咲き誇る花のような笑顔を見せた。
「はい、私は閻魔大王様のことを心から尊敬しています!」
「そうか…」
微塵の嘘偽りも含まれていない、心からの言葉。それが私の胸に染み込み、体中に広がっていくのを感じてそっと目を閉じた。
「花巻琴」
「はい」
「お前は、現世へと帰るのだ」
「はい」
「もう暫くすれば、阿弥陀如来様の使いの者がやってくるだろう」
「あの」
「何だ」
「私…いつか死んだら、またここへ来られますか?」
「っ」
その質問に驚き、思わず咽せる。本当に、この娘の言動にはいつも驚かされる。
「今はまだまだ死にたくないけど…寿命を全うしていつかお迎えがきたら、また閻魔大王様や皆さんにあえますか?」
「会いたくもないだろうに、我らなど」
「そんなことないです!できるならまた皆さんに会って、その時に胸を張れるような素敵な人生を送れてたらいいなって…そう思います!」
「…フッ、子供が生意気を」
「アハハ、すいません」
本当に、不思議な娘だ。だが過去の私は、この娘に救われたのだ。心の中で泣いていた誰も知らないはずの私を、この娘は暴いた。そして優しく、私に手を差し伸べた。
これからも、私の仕事は変わることはない。変わることはなくとも、心持ちは変わるだろう。
この無知で無垢な小娘のおかげで。
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