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「琴ちゃん、いいじゃん帰らなくてさ。俺の妻になってここにいればさ」
「牛頭さん、何言ってるんですか…」
牛頭さんは私の肩を掴みながら、だだをこねる子供みたいな顔をする。
「ね、司録だって嫌だよね?帰ってほしくないよね?」
「そんなことはありません。現世へと帰る方が、琴さんの為です」
司録さんの表情が明らかに暗い。私は胸がギュッとなって、司録さんの手を握った。
「司録さん、本当にありがとうございました。司録さんが私の部屋にきてくれて、ホントにホントに嬉しかったです」
「琴さん…」
「きっとまた、お話できることを祈ってますから」
「…はい、私もそう心より祈っております」
「司命さんとも、次はたくさんお話したいです!」
「はい。次は必ず」
「本当に馬鹿な娘だ。次などと縁起でもないことを」
馬頭さんが、腕を組見ながらそう言った。いつも通りの、不機嫌そうな声色だ。最初は私のことが嫌いなんだろうなって思ってたけど、今なら私の為を思ってしてくれてたことなんだろうなって分かる。
「閻魔大王様に救われた命、粗末に扱えば私が許さん」
「はい、肝に銘じます!馬頭さん、お世話になりました」
「世話などしていない」
「私は、凄く救われました。馬頭さんと話してると、自分のダメなところともちゃんと向き合わないといけないなって。そんな気持ちになれました」
「ふん、小娘が」
その言葉にトゲがなくて、また寂しい気持ちが湧いてきてしまう。
「馬頭さん、最後にお願いがあるんですが」
「叶えてやるかどうか定かではないが聞くだけ聞いてやろう」
「ありがとうございます!」
私はニコニコしながら、馬頭さんに顔をズイッと近付ける。
「お顔、見せてください!」
「…貴様、食らうぞ」
物凄く低い声でそう言われた。
「え、えぇ!」
怒らせちゃった!やっぱり失礼だったかな…
「アハハハハ!ホンット琴ちゃん変わってる!」
後ろから、牛頭さんの豪快な笑い声が聞こえてくる。
「馬頭はね?どうしていいか分かんないんだよ。怖がられたり化け物って指差されたりすることはあっても、自分から布とって見せてくれなんて言われたことないからねぇ」
「そ、そうですか?」
最初見た時は確かにビックリしたけど、そんなに怖いとは思わなかった。
「ま、俺らこの前は怖さ抑えてたけどね。嫌われたくないからさ」
「牛頭さん…」
「と、いうわけで。はい、馬頭よろしく〜」
「馬頭さん、いいですか…?」
「…くそっ」
馬頭さんは布を掴んで、勢いよく投げ捨てた。前にも見た、キレイな毛並みの馬。やっぱり、ちっとも怖くなんかない。
「ありがとうございます、馬頭さん」
「…ふん、礼など言われる筋合いはない」
「わ、顔赤いじゃん気持ち悪ーい」
馬頭さんを指差しながらケラケラ楽しそうに笑う牛頭さんもいつの間にか布を取ってくれていて。改めて、ここに生きる人達の温かさを胸にしまい込んだ。
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