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私は、何もない空間に立っている。馬頭さんや牛頭さん達にお別れをして、閻魔大王様にここまで連れられてやってきた。この場所で待ってれば、阿弥陀如来様の使いの方が来て導いてくれるらしい。
「すまなかったな、無茶を強いて」
閻魔大王様が、前を睨みつけながらそう呟く。私は力いっぱい頭を横に振った。
「私、ここに来たおかげで大切なことをたくさん学ぶことができました。自分とは違う考えを持った色んな人達がいて、皆楽しいことも辛いことも心の中にたくさんあって、それは見た目や少し話しただけじゃ分からない。気持ちの奥で何を考えていて、ホントはどんな思いなのか。一見酷い人に見えても、その人にもちゃんと理由があって。人の心にあるあったかいものが、いつでも見える訳じゃない。でも見えないからって、ない訳じゃないから」
話せば話すほど、目尻から涙が零れ落ちていく。ここに来てたら今この時まで、たくさんの経験をした。怖いと思ったこともあるし、最初は早く帰らなきゃってそればっかりだった。
地獄の閻魔大王様は容赦なく人を地獄へと突き落とす酷い人で、そこにいる人達もきっと同じなんだろうなって。
だけど閻魔大王様は、誰よりも優しくてキレイな心の持ち主だ。地獄行きの裁きを下さなきゃならない魂の一つひとつを、とても慈しんでその度に自分が傷付いていて。
馬頭さんや牛頭さん、司命さんや司録さん、それから鬼さん達も。皆色んな気持ちを持ってて、私達と何も変わらないんだ。
元いた場所に帰れることは、ホントに嬉しい。だけど私、ここに来なきゃよかったなんて思えない。
皆と出会えたこと、絶対に忘れない。
「わ、私はまだまだ子供だけど…これからもたくさん間違えると思うけど、その人の上辺だけじゃないホントの気持ちに気付けるような…優しい人になりたいです…っ」
もう、涙がとなまらない。ヒックヒックとしゃくりあげながら、必死に言葉を紡ぐ。
「…お前はもう、充分優しい娘だ。琴」
閻魔大王様は柔らかい声色でそう言って、私の頭の上にポンと手の平を乗せた。その温かさに、また涙が溢れてくる。
「お前なら、きっと誠実に生きていける。誠実とは、他人にだけ向けるものではない。他者を尊重するあまり己を蔑ろにしては本末転倒だ。時には、己の心に素直になることも大切なのではないか?耐えることだけが、相手の為ではない」
「私の心に、素直に…」
無意識に、自分の胸元に手を当てた。不思議、ここはまだ元いた場所じゃないのに、私の心臓はトクトクと動いてる。
「私達はこの場所から、お前を見ているからな。逃げられはせんと覚悟しておくことだな」
「アハハ、お手柔らかにお願いします」
泣きながら笑うと、閻魔大王様もフワリと笑ってくれて。私を見つめる目元が優しくて、笑顔がキレイで、思わず胸がギュッと苦しくなった。
「達者でな」
「はい!閻魔大王様もお元気で!」
最後は泣かないで、ちゃんと笑おうって決めてたのに。やっぱり、涙は止められなかった。
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