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これからの私
…
…
…
最初に感じたのは、匂いだ。アルコールの消毒液みたいな、病院の匂いがツンと鼻をつく。
それから次に、ピッピッて電子音がいくつも聞こえて、後は遠くで誰かの話し声みたいなものも。
目を開けたいのに、なぜかしっかり開かない。薄らぼんやりとは分かるけど、目の前に何があるのか全然分からなかった。
…ていうか、痛い。頭も痛いし、体も痛い。動かそうとしても、全然動かせないし。痛いって言いたいのに、唇がくっついてるみたい。
その内、段々と周りが騒がしくなって。バタバタと色んな人の足音みたいなものが聞こえたと思ったら、多分話しかけられてる気がする。
「花巻さん、花巻さん、分かりますか?」
右、かな?右から話しかけられてる?返事したくても声が出ないから、少しでも反応しようと首をそっちに動かそうとする。
…う、上手く動かせない。
「反応がある。ご家族に連絡を」
「はい」
良かった、私が聞こえてるって多分伝わったのかな?それにしても…痛いよぉ…
「琴…琴ぉ…っ」
暫くして、お父さんの声が聞こえて。さっきよりも大分首が動かせるようになったから、ゆっくりそっちの方を向いた。
「かった…よかったぁ…こ、琴ぉ…う…っ」
ドラマとかでよく見る、ビニール?みたいな青いキャップを頭に被って、それと同じようなものを着て。マスクを着けてても、お父さんがボロボロ涙を流してるのがすぐに分かった。
「花巻さん、これからもう一度精密検査をします。琴さんの場合脳挫傷というほどの損傷はありませんが、後遺症が百%遺らないと断言もできません。しっかりと検査をして、今後の治療を決めていきましょう」
「先生、ありがとうございます…本っっ当にありがとうございます…っ」
「意識が回復されて何よりです。琴さんは奇跡といっても過言ではないほど、外傷が少なかったですしまだ若く回復機能も発達していますから。きっと、日常生活を取り戻せるはずです」
「ありがとう、ございます…っ」
ボンヤリとだけど、お父さんが何度も何度も頭を下げてるのが見えて。目尻から涙が零れ落ちた。
私は…帰ってきたんだ。元の、場所に。
「琴、洗濯してきたやつ、ここに入れとくね?」
「ありがとう、お父さん」
目を覚ましてから四日が経って、私は集中治療室から一般病棟の個室に移った。まだ体は痛いけど、ご飯が食べられるから薬も飲めるし自分でもかなり回復してきたように感じてる。
担当の先生も「奇跡です」っていう位、私にはなんの後遺症も残らなかった。トラックとぶつかって飛ばされた先が植え込みで、頭は揺さぶられたけど強く打ちはしなかったみたい。
腕と足の骨は折れてしまったけど、それだけで済んだのは「奇跡」だって。脳に障害が残っても、おかしくはなかったって。
「お母さんが守ってくれたんだね、琴を」
お父さんはベッド横のパイプ椅子に腰掛けて、もう何回目になるか分からないセリフをしみじみと口にする。
「ホントに、感謝しないといけないね」
「そうだね。琴、本当によかった…」
「もう、また泣いてる」
私は笑いながら、固定されてない方の手を伸ばしてお父さんに触れた。
「そういえば」
しばらくして泣き止んだお父さんが、私の目を見つめる。
「寺町君、忙しくてこられそうにないって」
「…そっか、分かった。ありがとう、お父さん」
寺町君の顔を思い出して、胸がギュッと苦しくなった。
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