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「あ、あのね寺町君。私…寺町君に謝らなくちゃいけないことがあって…」
「…」
寺町君は、帰ろうとはしない。嘘を吐いた私を許して、ちゃんと話を聞いてくれるみたいだ。
「ごめんなさい」
頭が布団につきそうな位、深く頭を下げる。
「ホントに、ごめんなさい」
彼の気持ちを無視して、こうやって謝ることがホントに正しいことなのかは分からない。だけどどうしても、このままうやむやにはしたくなかった。
私が見てみないフリをしたら、寺町君の気持ちがどこかへいってしまう。彼の本心を彼以外誰も知らないまま、ホントのことがなくなってしまうかもしれない。
嘘がホントを超えることの方が丸く収まることだって、世の中にはあるのかもしれないけど。それをしてしまったら、間違いなく誰かは傷付いたままなんだ。
「…どうして、花巻さんが謝るんだ。悪いのは俺なのに」
いつもより何倍も小さな、寺町君の声。
「ううん、私は寺町君に謝らなくちゃいけないの。あの時…教室でうちわを持ってる寺町君を見た時、私は寺町君は犯人じゃないって思った。優しい寺町君があんなことするはずない、何かきっと理由があってホントのことを隠してるんだって」
「…」
「でも次の日クラスの皆から責められて、私は自分を守っちゃったの。私は何も関係ないって。それがずっと、忘れられなくて。私は私を守ったはずなのに、自分が許せなかった。あの時寺町君を信じた自分自身を、裏切ったような気がした」
「…」
「寺町君は、いつも私を励ましてくれてたのに。私がした誰も気付かないようなこと、寺町君はいつも気付いてくれてたのに」
泣くのをグッと我慢して、私は寺町君を見つめる。
「あれやったの、寺町君じゃないよね?」
「…俺だよ」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「嘘だよ!」
「いいんだよ嘘でも!」
寺町君は俯いていた顔を上げながら、声を荒げる。だけど辛そうで、それが本心じゃないことはすぐに分かった。
「ごめんね、寺町君。ホントは、気付かないフリした方がよかったのかもしれない。でも、私それじゃあ嫌なの。見ないフリして笑って、周りに合わせて顔色伺って。大人になるってそういうものなのかもしれないけど、大切な人が傷付いてるのに、それをなかったことになんてできないよ」
「…」
「私は、大丈夫だから。もっと強くなりたいって思うし、きっとなれるから」
寺町君を安心させたくて、涙を堪えて精一杯笑う。彼が私の為を思って嘘を吐いてること、今なら分かる。
「…花巻さん、何か変わったね。もう充分、強くなれてるよ」
寺町君の強張っていた表情が、やっと緩んだ。
「死にかけたからかな?私ね、意識失ってる時閻魔大王様に会ったんだよ」
「アハハ、何それ」
「寺町君、ホントにありがとう」
話を聞く前にこれだけは伝えたいって、そう思った。寺町君は一瞬目を見開いて、それから堰を切ったようにボロボロと涙を流す。
「よかった…花巻さんが生きてて、ホントに…よかった…っ」
私もつられて、我慢していた涙がツーッと一筋零れ落ちた。
「ありがとう」
私は、私達は。
これからも強く、優しく生きていける。
目に見えなくてもきっと、あったかい気持ちはここにあるから。
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