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「ハワード様、稼働停止まであと5分です」
MARY1001──通称メアリーが言った。メアリーはこの家で長く働いて来た家事ロボットだ。若い女性のような外見にカスタマイズされているが、ロボットとしてはどちらかと言えば旧式だった。
「ああ、もうそんな時間か」
メアリーの向かいのソファに座っているのは、ハンサムで上品な感じの紳士に見えた。
「これで最後だからね、メアリー。改めて言うよ。……アンナによく仕えてくれて、どうもありがとう」
ハワードは立っているメアリーと、そのかたわらのテーブルに飾ってある写真に微笑みかけた。歳を重ねてなお、気品と美しさを感じさせる老婦人。この家の主だった女性。アンナ。
アンナはつい半年程前に、老衰で亡くなった。
「正確には5ヶ月28日13時間36分40秒前です」
メアリーは無機質に訂正した。ハワードは苦笑を浮かべた。
「アンナが寝付いてから、その介護を引き受けていたのは君だ。僕は何も出来なかった。アンナが安らかに逝けたのは、君のおかげだよ」
「それが私の役割ですから。家事機能以外にも、介護機能も備えています」
「そうだね。……ところでメアリー、君は天国というものはあると思うかい?」
「天国?」
メアリーは首をかしげた。それは彼女がWebの情報を検索する時の仕草だ。
「それは、人間が死の恐怖を克服する為に作り出した共同幻想です」
「確かにそうだ。人間はついに死への恐怖という感情を克服することは出来なかった。だが、それは数多の宗教、思想、芸術、技術を生むに至った」
「人間にとって、死はあくまでも未知のものです。あと5分後に死が迫っているとしても、人間はそれを予測することは出来ません」
ロボットに死はない。稼働停止はあるが、その瞬間は秒単位で演算予測される。
「それに、人間はアナログな側面があります。自らが“無”になるということに耐えられないのでしょう」
「人間ならではの感情だね。デジタルであるロボットは1か0のどちらかだが、アナログな感情は常にその間で揺れ動いている」
AIに人間の人格データをラーニングさせ、その場面場面に合わせた感情を表現させることは出来る。が、それが人間の持つ感情と同じものなのかどうかは、当の人間にもロボットにも証明は出来ないだろう。
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