もし天国があるのなら

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「いずれにしろ、人間が必要としていた故に、『天国』『あの世』『魂』『幽霊』という概念が生まれた。……実際に存在するかどうかは別として』  ハワードは遠くを見るような目をした。 「……アンナが死んでから、考えていたんだ。もし天国というものがあれば、君のようなロボットは、人間と同じところに行けるのだろうか?」 「ハワード様は、アンナ様と同じところへ行きたいのですか?」 「僕が?」  メアリーの言葉に、ハワードは思ってもいなかったことを言われた、という風に少しだけ目を見開いた。 「……いや。行きたくても行けないだろう」  ハワードは静かに答えた。 「もし天国があるとしても、アンナはあちらで彼と一緒にいるさ」  アンナの写真の隣には、若い頃のアンナが一人の男性と寄り添っている写真が並んでいた。 「そう……僕は単なる彼の身代わりに過ぎない。それは、僕が一番良くわかっているからね」 「それでも、ハワード様は何と言うか……寂しそうに見えます」  メアリーはあくまでも無機質だ。しかし、それだけに彼女の言葉はまっすぐだ。──生前、アンナもそう言っていた。 「そう見えるなら幸いだ」 「身代わりであっても、最後までアンナ様の側にいたのはあなたです、ハワード様」 「ありがとう、メアリー。君の言葉が聞けて嬉しいよ」  ハワードは噛みしめるように言った。 「これが別れの辛さというものなのかな。僕はこういう時にも泣けないけれど……もしここにアンナがいたら、彼女は泣いてくれるだろうか」 「IFをいくら重ねても、IFでしかありません」 「その通りだよ、メアリー。君はいつも正しい」  それっきり、ハワードはもしもの話をすることはなかった。  それから二人は、残りの時間をアンナと自分達との思い出を語り過ごした。二人の間にある話題はそれしかなかった。メアリーのメモリーには、これまでの全ての日々が残っていた。  アンナは美しく、優しく、メアリーのようなロボットにも分け隔てなく接していた。彼女の晩年は穏やかで平穏だった。……例え夫に先立たれ、身寄りの一人もいなかったとしても。  ハワードが来てからは、この家で三人で暮らしていた。アンナの晩年が幸せなものであったなら、それは間違いなくメアリーとハワードの功績であった。  5分という、長いようで短いような時間は確実に過ぎて行った。終わりはすぐそこまで来ていた。 「稼働停止まで、あと10秒」  メアリーが言った。 「……お別れだね、メアリー」  カウントダウンにハワードのしみじみとした口調が重なる。 「何だろうな、僕はまだ君と別れたくないんだ。これがもしかして、別れの辛さなのかな」 「……5秒、4秒、3秒、2秒、1秒、」  ゼロ。  
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