記憶

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「ねぇ、訊いてもいい?」  友人は、そう尋ねてきた。  それを聞いて「これが本題か」と、直感した。  彼女は小学校からの友人だった。  数年ぶりの電話に驚いたが、高校までは連絡を取り合っていたせいか、気まずさはない。  近況を報告しあう言葉は途切れなかった。  だが、楽しげな彼女の言葉の端々には、どこか歯切れの悪さというか、気まずさが横たわっていた。  それもあいまってだろうか。  電話の理由がわかることに、些かの不安を抱いていた。 「タイムカプセル埋めたの、覚えてる?」  そう問われて記憶を掘り返す。  確かに、当時そんなことがあった。  肯定すると、彼女は続ける。 「あんたの名前の封筒、出てきたの」  そんなはずは無かった。  彼女がタイムカプセルを埋めたのは最終学年。当時、私たちは別のクラスだったのだ。  彼女のクラスのタイムカプセルから、私名義の物が出てくることは、ありえない。  私が怪訝に思う一方で、彼女もまた戸惑っているようだった。  試しに「何が入っていたのか」と訊いてみた。  そうすると、「待ってて」と言い置いて、電話口の声は離れて行った。  律儀にも、今の今まで封筒を開けなかったらしい。  それが、彼女の良いところでもあったのだが。  しばらくして彼女は再び電話を取った。 「写真が入ってる」  どんな、と問うと辿々しく答えた。 「掃き出し窓が大映しで、小さいテーブルと、隣の建物の屋根が見える」  それだけだ、と言う。  ますます奇妙だった。  第一、小学校時代にそんな写真を持っていた記憶はない。私の実家はたいそう田舎で、隣の家を窓から拝むことはできない。  万一、何かしら写真を撮っていたとしても、他クラスのタイムカプセルに、それを紛れ込ませた記憶もない。  紛れ込ませる理由もない。  奇妙な沈黙が、私たちを取り巻いた。  急に気色が悪い感じがして、私は時間が遅いことを理由に、別れの言葉を彼女に告げた。  念のため、その写真をLINEで送ってもらう約束を、彼女とした。  5分後、LINEが送られてきた。  勿論、彼女からだ。  アプリを開き、トーク画面をタップする。  開いた画面を数秒眺めた私は、思わず携帯を取り落とした。  手が、震えた。  震えは共鳴するように全身に広がり、私はそれを押さえようと肩を抱いた。  写っていたのは、今いる私の部屋の中から、窓を見るアングルの景色だった。  一見、爽やかな写真なのだ。  窓が開いて、レースのカーテンが揺れている。  ベランダの柵の向こうには、隣の家の、ターコイズブルーの屋根がちらと見える。  空は高く、青は儚く、薄く秋の空気を纏うようだった。  けれど、景色などどうでも良かった。  私の目は一点に吸い寄せられた。  ベランダの、柵の手前。  バイカラーのパンプスが、柵の方へ爪先を向け、揃えて置いてあった。  それは、私の気に入っているパンプスと同じに見えた。  踵のモスグリーンが、とても気に入って、即決したものだ。  今も、靴箱に入っている。  この写真が、何故小学校時代の、それも他クラスのタイムカプセルに入っているのか、私にはわからなかった。  偶然だ、とも思う。  けれど、どうにも気持ち悪さが拭えない。  社会人になり、入居してから2年ほど。  割と気に入っていたその部屋が、急速に色を失っていくような感じがした。  結局、夏を待たずして、私は部屋を出ることにした。  引越しの時に、例のパンプスも処分した。  同時に件の友人へ、「あの写真を寺へ持って行ってくれ」と頼んだ。  やはり、後味の悪いものを感じていたからだ。「もし友人が無理なら、自分で持ち込もう」と、そう考えていた。  しかし、そのメッセージが既読になることは無かった。  以来、何となく、彼女とは連絡を取っていない。  私の身にも、特に変わったことは起こらなかった。
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