147人が本棚に入れています
本棚に追加
今日、春
「あと5分待って」
彼女は何かを決める時いつもそう言う。
イタリアンレストランのランチでメニューを開きながら「パスタとピザ、どっちがいい?」と訊いた今もそうだ。
「世間は即決を求めすぎじゃない? ねえ夕也くん」
運ばれてきた焼きたてのマルゲリータピザを口に運びながら彼女は言った。
「何かを選ぶってことは何かを切り捨てるってことでしょ。切り捨てられたほうの気持ちにもなってみてよ。ほら、そんな簡単に決められなくない? 即断即決を美徳とする文化が日本にはあるけど、それは斬らなきゃ斬られる侍の話よ」
そんな本当か嘘かよくわからない持論を展開しながら、彼女はパクパクとピザを口に運ぶ。彼女の食べるスピードは速い。
「つまりは優柔不断か」
「違う、優しいの。つい捨てられる方の選択肢に感情移入してしまうのよ」
「よく自分で言えるね」
「はい、ピザ一つあげる」
「明日葉はほんと優しいよな」
「でしょ?」
俺は生地から溢れんばかりのチーズを零さないように食べる。つい軽口を言ってはいるが、彼女の優しさはとうに知っていた。
「でもね」と彼女はとても綺麗にピザを持ち上げながら言う。
「でもね、決めなきゃいけないってことも分かってるの。何かを切り捨てなきゃ前に進めないってことも」
明日葉はピザを持つ手とは逆の手を開いて『5』を示す。
「だから私は自分にタイムリミットを設けてる。それが5分。何があっても5分後には決めるから」
“あと5分待って”。
確かに明日葉は、昔からよく言っていた。
――そう、あの時も。
最初のコメントを投稿しよう!