今日、春

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今日、春

「あと5分待って」  彼女は何かを決める時いつもそう言う。  イタリアンレストランのランチでメニューを開きながら「パスタとピザ、どっちがいい?」と訊いた今もそうだ。 「世間は即決を求めすぎじゃない? ねえ夕也(ゆうや)くん」  運ばれてきた焼きたてのマルゲリータピザを口に運びながら彼女は言った。 「何かを選ぶってことは何かを切り捨てるってことでしょ。切り捨てられたほうの気持ちにもなってみてよ。ほら、そんな簡単に決められなくない? 即断即決を美徳とする文化が日本にはあるけど、それは斬らなきゃ斬られる侍の話よ」  そんな本当か嘘かよくわからない持論を展開しながら、彼女はパクパクとピザを口に運ぶ。彼女の食べるスピードは速い。 「つまりは優柔不断か」 「違う、優しいの。つい捨てられる方の選択肢に感情移入してしまうのよ」 「よく自分で言えるね」 「はい、ピザ一つあげる」 「明日葉(あすは)はほんと優しいよな」 「でしょ?」  俺は生地から溢れんばかりのチーズを零さないように食べる。つい軽口を言ってはいるが、彼女の優しさはとうに知っていた。 「でもね」と彼女はとても綺麗にピザを持ち上げながら言う。 「でもね、決めなきゃいけないってことも分かってるの。何かを切り捨てなきゃ前に進めないってことも」  明日葉はピザを持つ手とは逆の手を開いて『5』を示す。 「だから私は自分にタイムリミットを設けてる。それが5分。何があっても5分後には決めるから」   “あと5分待って”。    確かに明日葉は、昔からよく言っていた。  ――そう、あの時も。  
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