梓弓

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宝珠丸の父である是貴の懸念はもっともではあるが、まだ幼い宝珠丸が興味を示す和歌とて、まったく触れさせないでいてよいものとは思えない。 瑠璃は、悄然としている宝珠丸に視線を合わせ、言った。 「――わたくしの父と兄は、かつて京の在京雑掌でのお役目を担っておりました。そのお役目には様々な心配りをせねばならぬものの、古くから続く歌の道の教養がものを言う、と申していたことがございました。宝珠丸さまはいずれこの医王院の家督をお継ぎになられる御方。医王院の領主として歌の贈答や寺社への奉納をなさることもございましょう。我が父や兄よりも、歌の道には親しまれておられた方が良いお立場かと存じますが・・・・」 瑠璃が言うと、宝珠丸の顔が、少しばかり晴れたように見えた。 父である是貴の懸念はわかるものの、好きな和歌にまったく触れられないというのは、かえってこの年頃の子供の学習意欲を削ぐものではないかと思われ、瑠璃は言を継いでいた。
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