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(なぜだ! 以前のように一葉しか時間はなかったはずだ?!)
基頼の堂々たる貫禄に長慶は愕然とし、考えていた歌の語句が吹き飛んでしまった。自分の番になったが動揺のためになにも浮かばず、時間直前に過去の歌の焼き直しを苦し紛れに詠んだのだった。
勝敗は決した。帝は基頼の歌を大層気に入り、褒美の品を頂戴したのだった。これを境に基頼の名声は更に高まっていった。
ある日、不思議に思った安倍是麿は基頼に聞いた。
「いつもまともに歌が詠めなかった貴君が、どうやってあの重要な局面で見事な歌を詠むことができたのか。私にだけ聞かせてくれぬか?」
「なんてことはない」
基頼は笑った。
「私は今まで自信がなかった。ゆえに、必要以上に肩に力が入って頭になにも浮かばなくなっていたのだ。賀茂川の神に歌を認められ、私は自分の歌に自信が付いた。また、人の倍の歌を詠んで献上した。習うより慣れよとはいったもの」
「なるほど。もう貴君を一葉殿とは呼べないな」
「いや、自分を戒めるために今後も一葉歌人と名乗るつもりだ。過去の苦労あっての今の私なのだ」
こうして藤原基頼は雅号を一葉とし、賀茂川の側に庵を作った。その後も神に感謝を捧げ、年に一度歌を詠んで奉納したという。
賀茂川の上流には今も小さな石碑がある。深緑の苔がむし、薄黒く変色した石の表面は風雨で削れ今ではほとんど読めないが、そこにはたしかに一首の歌が刻まれていた。
――同胞は 千葉万葉 得てしがな 我一葉足り 歌を詠まなむ
(人々は千葉も万葉も時間が欲しいと望むものだが、私は一葉の時間で良い。その時間できっと歌を詠むだろうから)
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