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ざぁざぁと穏やかな水音を立てながら、澄んだ水面がきらきらと光を返しゆるやかに川を流れていった。いずれは母なる大海にたどり着くだろうが、先の見えぬ長い旅はさながら人生のようである。
水辺に立っている男は立烏帽子に生成りの狩衣をまとい貴族であることは容易に見て取れた。横に控える家来はおずおずと顔色をうかがいながら、遠慮がちに口を開いて主人に問うた。
「歌の主題はいかがされましょう?」
「そなたが決めよ。私が決めたら意味がない」
「では、天候にいたしましょうか。合図をやります」
家来が手をあげると、上流に待機していたもう一人がさっと、木の葉を川に流した。葉の船は気まぐれにゆらりゆらりとこちらへ流れてくる。
男は流れてくる葉を見つめながら、ブツブツと口の中で言葉をつむいだ。
「この道を、行かば風……いや、ダメだ。雨誘い……ウーム」
舌がもつれ、頭にはなにも浮かばず、ただ小さな葉が巨大な軍艦になって迫ってくる心持ちでいっぱいになって男は立ちつくしてしまった。そうしているうちに、流れてきた葉は悠々と男の前を過ぎ去り小さくなっていった。
嗚呼、またぞろ失敗してしまったか……。男はうなだれ肩を落とすと、しなびた顔を水面に映したのだった。
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