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「賀茂川の神よ。なにとぞ、我の歌詠みの時間を一葉伸ばしたまえ」
「可也」
社の奥から厳かな声と神風が吹きすさび、基頼は無事に己の願いが聞き届けられたことを知った。基頼は諸手をあげて喜びをあらわし、勇んで山をおりた。
しかし次の歌会、なんとか上の句は浮かんだものの下の句が出てこない。どうやら一葉だけでは足りなかったようである。
基頼は失敗するたびに新たな歌を詠み、足しげく神社へと通った。
「賀茂川の神よ。なにとぞ、我の歌詠みの時間を更に一葉伸ばしたまえ」
「可也」
「賀茂川の神よ。なにとぞ、我の歌詠みの時間を更に更に一葉伸ばしたまえ」
「可也」
「賀茂川の神よ。なにとぞなにとぞ、我の歌詠みの時間をあと一葉伸ばしたまえ」
基頼は最初の倍の十首の歌を神社に献上し一葉分の時間を伸ばしてもらった。次は二十首、その次は三十首と歌を考えては神に捧げた。
とうとう基頼は半刻(十五分)以上も時間を引き伸ばしてもらうことに成功したのである。さて、次の歌会は大混乱のありさまとなった。
なにせ、基頼の葉だけやけに石に引っかかるわ水中で静止するわ、挙げ句やっと到達したかと思ったら川の水が逆流する始末である。
「あなや、川が渦を巻くとは水神様のお怒りか?!」
「なんとおそろしき光景よ……」
「これは天変地異の前触れに違いなきぞ!」
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