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人々がおののき騒ぎたてているのを尻目に、基頼は平静として朗々と声を上げ一首の歌を詠み始めた。
「春風が 往きて溶けゆる 雪の道 君がこころの 花も咲きたし
(春風が吹いて、美しかった雪が溶けた。あなたの心の雪も溶けて、花が咲くように私を思ってくれたらいいのに)」
混迷極まる最中、基頼は主題である春風を盛り込んだ見事な歌を詠んだ。今までとはまるで違う基頼の立派な態度に、貴族たちは感心して騒ぎも静まったのだった。
基頼は元々は直選歌集にも選ばれるほどの歌の達人である。歌会で歌を披露しだしたことにより徐々に名誉を挽回してきたが、それを良しとしない男が一人いた。商売敵ともいえる、宮廷歌人の大伴長慶である。
「この間から基頼の時だけ葉の動きがおかしい。さては、賀茂川の神に祈祷でもしたのだろう。いとあさましきことよ」
からくりを見抜いた長慶は財力に物を言わせ大量のお供えを神社に持ってくると、基頼の歌の時間を引き伸ばさないようにと願いをした。
「可也」
神の声を聞き届けた長慶はほくそ笑むと、帝も来席する最も大きな歌会で基頼と歌勝負をしたいと願い出た。
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