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「基頼殿、後の方が緊張されるでしょう。もし良ければお先にどうぞ」
「帝の前での寛大な配慮、痛みいります……」
基頼はひきつりこわばった顔のまま、川沿いに座った。目を閉じ深く呼吸をすると、じっと集中する。主題は帝が決めることになっていた。
「今は新緑の鮮やかな時期ぞ。朕は“色鮮やか”を扱った歌を所望する」
おおっと観客から声があがった。これはなかなか難しい主題である。夏とか新緑とか梅雨のような固有名詞であれば浮かびやすいが、色鮮やかは抽象的でありとっさの機転がなければ浮かばない。
しかも、歌勝負は葉が流れてくるたった数分の勝負なのである。すでに勝負は決まったも同然と、長慶はふくみ笑いを浮かべて基頼を見た。
葉は長慶の願い通り、まっすぐ基頼目指して滑り降りてきた。そのさまはさながら水を切って進む一匹の太刀魚のようであった。
基頼は自分の心臓めがけ飛び込んでくる短刀を見つめるように、カッと刮目して口を開いた。舌の上にはすでに完成した歌が詠み上がっている。
「薄紅 紫雲めでたし 朱の夕 翳り新緑 待つは白月
(薄紅と紫の雲がたなびく空、朱色の夕陽が美しい。新緑が少しずつ影に染まっていく中で私は白い月が昇るのを待っている)」
基頼は実に堂に入った様であり、詠んだ歌ももののあはれを表現した文字通り鮮やかな歌であった。
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