第四部 謎解きの花嫁、冬薔薇を手にし

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**  薔薇荘では、泉森警部補による事情聴取が続いている。  これで何度目になるだろう。冬薔薇夫妻の部屋を泉森が訪問するのは。それまで臥せったきり嘆いてばかりだった夫人が、ようやくソファに座った。青ざめた顔だったが、正常な瞳をしている。隣に座る冬薔薇氏が、夫人の手を握りしめていた。  亨が亡くなってから、夫人と話をすることが叶ったのは初めてである。  泉森はごく事務的に、夫人と向き合う。夫人は赤く腫れた目で、じっと視線を受け止めていた。  「息子さんには恋人がいたと聴いていますが、奥様はご存じでしたか」  ずばりと泉森が聞いた。  夫人は一瞬目を伏せた。冬薔薇氏が気づかわしげに夫人の表情をのぞき込んでいる。    知らなかったのだ、と、泉森はその様子を見て直感する。  亨に恋人がいたとして、両親に打ち明けることはしていなかったのだ。    「気の優しい子でした」  小さい声で、夫人は言った。声が震えている。  「恋人がいても、家のしきたりを破ることができなかったのでしょう。だからといって、決してその恋人を軽んじていたわけではない。あの子はそういう子です」  夫人は両手で顔を覆った。指の隙間から、大粒の涙がこぼれる。  嗚咽交じりに夫人は呟く。  「同じ息子でも、雄志と亨はまるで違う。亨は冬薔薇を継ぐより、美しい薔薇を育て、静かに過ごすような子でした」  雄志。  数年前に冬薔薇家を出奔したという長男は、薔薇荘の全てを亨に背負わせて闇から逃げた。    泉森はじっと夫人の様子を見つめてから、おもむろに懐から封筒を取り出した。緑の封筒は封が切られている。冬薔薇亨は殺害されたのだが、おそらく自分の運命を悟っていた。  封筒には、遺書のような内容の手紙が折りたたまれて入っている。  冬薔薇夫妻に見せるより先に警察が中身を確認した。開封された亨の手紙を、泉森は夫妻に返さねばならなかった。  これを、と手渡されて、冬薔薇氏は緑の封筒の中身を読んだ。  黙読の後、静かに目を伏せ、手紙を妻に渡した。  夫人は震えながら手紙を読む。ぼたぼたと、涙が紙の上にこぼれた。 **  愛しているからこそ、断ち切らなくてはならない。  僕は蔓にとらわれた、冬薔薇のしもべ。  君は、ここに来てはならなかった。  君が血で汚れたのは、僕の罪。  君を逃がしてあげるために、僕ができる最後のことは、別れを告げること。  もし君が絶望し、僕を血に染めたとしても、どうか振り向かず逃げてほしい。  僕を憎み恨むことで、君はより遠くに離れることができるのだから。  甘美な冬薔薇の呪縛から。 **  「亨君から、恋人に向けての手紙でしょう」  泉森は言う。  「彼女はこれを、読んではいないーー」  ひそかな逢瀬を繰り返した、亨と恋人。  逢瀬の様を見られた時、殺人が起きたと思われる。  安藤みか。  緑野香。  冬薔薇久美。  田村あい。  冬薔薇まつ。  手を下したのは、亨ではないと思われる。  「血で汚れた」恋人を、亨は愛し続けたのだろう。恋人はしかし、その手を血で染め続けるようになった。亨はそれを、自分の罪だと思っていた。 **  「どうして、別れるなんて言うの」  亨から別れを告げられた時、恋人は絶望したのに違いない。  裏切られた、という思いが衝動を生み、愛しているはずの亨を手にかけてしまった。  誰が悪いのーー彼女は自問自答したのかもしれない。  こんなことになったのは、花嫁が来てしまったから。  花嫁さえ来なければ、こんなことにはならなかった。  永遠に、甘い逢瀬は続くはずだったのに。  「許さない、許さない」  思い知れば良い。  絶望を味わわせてやるのだ。   **  「その、恋人というのは、誰なのです」    長い沈黙の末、冬薔薇氏は問いかける。  泉森は太った顔を太い首にうずめながら、目を鋭く光らせた。  恋人、すなわち一連の殺人事件の犯人。  冬薔薇の花嫁となった月子の、一番近くにいた人物。  この人物だからこそ、まるで月子が亨を殺したかのように演出することができた。  きっと、月子に同情するかのように寄り添い続けてきたのだ。心の中で、どす黒い憎悪を燃やしながら。  河合すみ。    「逃げられないよう、森を包囲しております」  泉森は静かに言う。  「奴は、絶対に、逃げることはできないでしょう」  冬薔薇夫妻はおびえたように、顔を見合わせた。   
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