第一部 花嫁、純潔のまま屋敷に捧げられ

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 「ねえ、緑野さん。一緒に遊ぼうよ。素敵なとこ、あるんだ」  にこにこと笑いながら話しかけてきた、安藤みか。  あの時、安藤みかは、クラスの仲良しグループから弾かれて、浮いていたのではなかったか。  「ねえ緑野さん、いいじゃない、ねえ」  三日月形に笑う、安藤みかの薄い唇。色黒の丸い顔。  月子は信じたかった。否、信じられるものが欲しかった。それが、手に入ったのだと思った。実は、今でもまだ、縋りついている。    安藤みかは、友達。    「助けてあげる。けれど、もう二度と、来ては」  緑色の王子が優しく告げる。ほっそりとした優雅な指で、疲れ切った月子の手を握り、地面から引き上げた。さあ、歩こう、頑張って、すぐにここから出してあげるから。    王子様。   **  目覚めた月子は額に浮いた汗をぬぐった。  はあはあと息が切れている。そして、どうして、なにに対して、こんなに怯えているのだろうかと自分に問いかける。  禁忌の森の奥にある、薔薇荘。そこの、見知らぬひとの花嫁になることが、不安なのか。  母と別れること、慣れ親しんだ生活に二度と戻ることができなくなるのが、怖いのか。  もちろん、そうだ。どちらとも、その通りだ。  けれど、それとはもっと別の、もっと深い部分で、月子は怯え、不安がり、重たい悲しみに苛まれている。  (誰を信じればいいの)  不安定な母でもない。  信じるものが、安藤みかとの友情ならば、どんなに救われるだろうかと、月子は思った。もちろん、心の中では分かっていた。  安藤みかは、月子を憎んでいる。  憎んでいるのだ。  そこに理由なんか、特にあるはずが、なかった。
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