第四部 謎解きの花嫁、冬薔薇を手にし

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**  誰かが泣いている。  すすり泣きだけど、時折嗚咽が混じる。哀切な泣き声は、冷たい雨に似ていた。  「花嫁が憎い」  と、声は言っている。すすり泣きの合間に、呪詛のようにぼそぼそ呟いている。  憎い。憎い。花嫁が憎い。  「どうして、薔薇荘に来てしまったの」  いつか、呪詛の声は、そんな問いかけに変わる。  なぜ。あなたにとっても、見知らぬ相手のはずなのに。町の娘なら皆、畏怖の対象でしかない薔薇荘からの婚姻の申し込みだ。それを受け入れたのは、どうせお金のためなのだろう。  貧しいお前が、町の富豪の花嫁となる。  ただそれだけのシンデレラストーリーに目がくらみ、のこのこ薔薇荘に来てしまったのではないのか。  「愚かしい」    そして声は、再び呪詛を呟き始める。  「憎い。花嫁が憎い。だからお前は」  後悔するべきなのだ。 **  泥沼のような悪夢の中で、月子はもがいた。  あの、甘ったるい青臭い匂いーー冬薔薇の香りだーーに全身が包まれている。飲んだお茶に冬薔薇が入っていたのに違いない。  (すみさん、どうして)  いや、すみを疑ってはいけない。  ティーポットに禁断の麻薬を入れるくらい、他の人間にもできるだろう。誰もいない部屋に忍び込み、ポットにそれを忍ばせる。    月子は必死で眠りから覚めようともがく。やっとのことで意識が浮上し、まぶたを細く開いた時、すうっと赤い光が一筋差し込んだ。  窓から差し込む赤。西日だろうか。まぶしさのあまり、月子は目をすぼめる。  その時だった。  がしっと月子は両手首をつかまれた。ベッドの上に体を押し付けられる。何者かの体温が体の上にのしかかり、その体重のために、月子は身動きが取れなくなった。  「やめてーーやめてください」  月子は叫ぶが、冬薔薇に毒されているため、思うように声が出ない。  せめて相手の顔を見なくてはならない。月子は頸を振って抵抗をしながら、相手の顔を確かめる。  緑の仮面が見えた。  (亨さん)  月子は驚愕した。  仮面の奥の目は冷酷に輝いている。嗚呼、これは本当に亨の目なのだろうか。こんな恐ろしい、冷たい目を、亨はするのだろうか。  月子は目を見開いた。だが、ほとばしる叫び声は、ふいうちの接吻で飲み込まれた。  月子は唇をふさがれ、なにかを舌の上に流し込まれた。飲み込んではならない。分かっていたのだが、嚥下反射が働いたーーごくん。  強烈な眠気が月子を襲う。  抵抗などものともしない、残酷で強力な麻薬が月子を侵略した。そのまま月子の意識は奈落に落ちる。凌辱されまいと抵抗する体からは力が抜ける。  それから後の記憶は、月子の中にはなかった。
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