40人が本棚に入れています
本棚に追加
**
「見たまま、事実のみを、正直にお話しください」
と、泉森は言った。
先日より冬薔薇家の応接間は、警察の事情聴取のための部屋となっている。
ワインレッドのしゃれたメイド服を着た小柄な女が、青ざめた顔をして座っていた。拳は握りしめられ細かく震えている。
冬薔薇家の花嫁である、月子の専属メイド、八木すみ。
月子の部屋とされる「白の部屋」で、冬薔薇亨がこと切れているのが発見されたのは、半日前のことだ。亨は手首を切って浴槽につけて亡くなっていた。一見、自殺のような見た目だが、亨の手首からはそれほど出血は見られていない。
亨の致命傷となったのは、背後から鋭い刃物により心臓につきたてられた刺し傷であろう。
いかにもちゃちな演出である。
第一発見者となったのが、八木すみなのだった。
「わたしが入室した時、若奥様は放心したご様子でした。衣類がひどく乱れ、下着同然の姿でした。そのーー」
ここで、すみは純情らしく顔を赤らめて目をそらした。
「ベッドも乱れており、たぶん」
情事が行われた直後だった、と言いたいのだろう。泉森は思ったが、すみの純情ぶりに水を差すのも気の毒だったので、「そうなんですね、なるほど」とだけ、あいづちを打った。
すみは真っ赤になっていたが、泉森がひょうひょうとしているのに助けられたか、平常心を取り戻したようだ。もともと冷静なタイプなのだろう。あとは、てきぱきと喋りだした。
「浴槽で人が亡くなっている、と、若奥様はおっしゃいまして。それで、わたしがバスルームで確認している間に、若奥様のお姿が見えなくなったのです。お部屋から出られたのだと思うのですが、いったいどちらに行かれたのかわかりません」
すみの言うことには、裸同然の姿の月子が、亨が殺害されている、と告げ、その直後に煙のように姿を消したのだとか。
もちろんその後、屋敷じゅうの使用人を総動員し、月子を探したのだがどこにもいなかった。
儀式の間まで探したらしい。しかし、どこにも月子の姿は見えなかった。
すみが語ったのはここまでだった。
泉森はすみを開放した。すみが応接間から出て行ってから、刑事たちは頭を寄せ合い話し合った。
「亨を殺害したのが月子だと考えて、なぜ殺したのか」
という疑問については、
「おそらく、月子は亨にレイプ同様の振る舞いをされ、その復讐として殺害したのではないか」
という結論に収まる。
すみが言うには、月子は日頃からスマホを大事にしており、ちらっと覗いてしまった時、誰か男性とやりとりしているらしい様子が見えたという。
「月子には、恋人がいた。だから、今回の結婚は意に染まぬものだったのかもしれない」
警察は、こう考える。
「非常に貧しい生活をしていたらしい。母親思いの娘だったというし、裕福な冬薔薇家に嫁げば母の生活を救えると思ったのだろう」
では、一連の連続殺人の犯人は誰なのだろう。これもやはり、月子と考えるべきなのか。
「月子と考えるのが今のところ、最も妥当なのではないか。なぜなら、花嫁が冬薔薇家に来てから殺人が始まっているのだから」
もちろん、断定はできない。だが、今のところ、もっとも有力な犯人候補が月子であるのは否めない。
だとすると、月子は友人の安藤みか、母の香まで殺したことになるが、その動機は何か。
刑事たちは沈黙する。
動機が今一つ見えないのだ。
泉森は腕を組んで目を閉じている。その時、一人がぼそりと言った。
「見られたのでは。恋人との逢瀬を」
見られたくないものを、見られてしまったから、殺さなくてはならなかった。
月子はスマホで恋人と連絡を取り合っていたというし、ひっそりと会っていたのではないか。
それを、人に目撃されてしまった。
「見られたからには、母であっても容赦はしないのか」
「尋常ではないが、まあ、『尋常じゃなくて当たり前』だからな、この町は。しかも、ここは冬薔薇家だからな」
泉森はゆっくりと目を開いた。
部下の一人がなんとなく口走った一言が、すとんと落ちた。
見られたのでは。
そうだ。犯人は、見られたのだ。見られてはならないものをーー。
「本部に連絡して、人員を森周辺に配置してもらう」
不意に、泉森は言った。
「この屋敷には地下道がある。モグラの穴のように、あちこちに出口があり、森の中に繋がっているのだ。だから」
逃がさないよう、森を包囲してもらわねばならない。
泉森は立ち上がった。
最初のコメントを投稿しよう!