第四部 謎解きの花嫁、冬薔薇を手にし

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**  「見たまま、事実のみを、正直にお話しください」  と、泉森は言った。    先日より冬薔薇家の応接間は、警察の事情聴取のための部屋となっている。  ワインレッドのしゃれたメイド服を着た小柄な女が、青ざめた顔をして座っていた。拳は握りしめられ細かく震えている。  冬薔薇家の花嫁である、月子の専属メイド、八木すみ。  月子の部屋とされる「白の部屋」で、冬薔薇亨がこと切れているのが発見されたのは、半日前のことだ。亨は手首を切って浴槽につけて亡くなっていた。一見、自殺のような見た目だが、亨の手首からはそれほど出血は見られていない。  亨の致命傷となったのは、背後から鋭い刃物により心臓につきたてられた刺し傷であろう。    いかにもちゃちな演出である。  第一発見者となったのが、八木すみなのだった。  「わたしが入室した時、若奥様は放心したご様子でした。衣類がひどく乱れ、下着同然の姿でした。そのーー」  ここで、すみは純情らしく顔を赤らめて目をそらした。  「ベッドも乱れており、たぶん」  情事が行われた直後だった、と言いたいのだろう。泉森は思ったが、すみの純情ぶりに水を差すのも気の毒だったので、「そうなんですね、なるほど」とだけ、あいづちを打った。  すみは真っ赤になっていたが、泉森がひょうひょうとしているのに助けられたか、平常心を取り戻したようだ。もともと冷静なタイプなのだろう。あとは、てきぱきと喋りだした。  「浴槽で人が亡くなっている、と、若奥様はおっしゃいまして。それで、わたしがバスルームで確認している間に、若奥様のお姿が見えなくなったのです。お部屋から出られたのだと思うのですが、いったいどちらに行かれたのかわかりません」    すみの言うことには、裸同然の姿の月子が、亨が殺害されている、と告げ、その直後に煙のように姿を消したのだとか。  もちろんその後、屋敷じゅうの使用人を総動員し、月子を探したのだがどこにもいなかった。  儀式の間まで探したらしい。しかし、どこにも月子の姿は見えなかった。  すみが語ったのはここまでだった。  泉森はすみを開放した。すみが応接間から出て行ってから、刑事たちは頭を寄せ合い話し合った。    「亨を殺害したのが月子だと考えて、なぜ殺したのか」  という疑問については、  「おそらく、月子は亨にレイプ同様の振る舞いをされ、その復讐として殺害したのではないか」  という結論に収まる。  すみが言うには、月子は日頃からスマホを大事にしており、ちらっと覗いてしまった時、誰か男性とやりとりしているらしい様子が見えたという。  「月子には、恋人がいた。だから、今回の結婚は意に染まぬものだったのかもしれない」  警察は、こう考える。  「非常に貧しい生活をしていたらしい。母親思いの娘だったというし、裕福な冬薔薇家に嫁げば母の生活を救えると思ったのだろう」  では、一連の連続殺人の犯人は誰なのだろう。これもやはり、月子と考えるべきなのか。    「月子と考えるのが今のところ、最も妥当なのではないか。なぜなら、花嫁が冬薔薇家に来てから殺人が始まっているのだから」  もちろん、断定はできない。だが、今のところ、もっとも有力な犯人候補が月子であるのは否めない。  だとすると、月子は友人の安藤みか、母の香まで殺したことになるが、その動機は何か。    刑事たちは沈黙する。  動機が今一つ見えないのだ。  泉森は腕を組んで目を閉じている。その時、一人がぼそりと言った。  「見られたのでは。恋人との逢瀬を」  見られたくないものを、見られてしまったから、殺さなくてはならなかった。  月子はスマホで恋人と連絡を取り合っていたというし、ひっそりと会っていたのではないか。  それを、人に目撃されてしまった。  「見られたからには、母であっても容赦はしないのか」  「尋常ではないが、まあ、『尋常じゃなくて当たり前』だからな、この町は。しかも、ここは冬薔薇家だからな」  泉森はゆっくりと目を開いた。  部下の一人がなんとなく口走った一言が、すとんと落ちた。  見られたのでは。  そうだ。犯人は、見られたのだ。見られてはならないものをーー。  「本部に連絡して、人員を森周辺に配置してもらう」  不意に、泉森は言った。  「この屋敷には地下道がある。モグラの穴のように、あちこちに出口があり、森の中に繋がっているのだ。だから」  逃がさないよう、森を包囲してもらわねばならない。  泉森は立ち上がった。
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