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 見つけた。  秘密の扉は、白の部屋のクローゼットの中にあった。  花嫁のための白い衣装がたくさん詰め込まれていたが、すみはそれらを全て床に放り投げた。全て月子のサイズに合わせられた、見るからに華奢な体形のためのドレスたちは、ばさばさと乾いた音を立ててカーペットの上に重なる。  すみの小柄な体はクローゼットの中にすっぽり収まった。クローゼットの奥に小さな引き戸があり、そこを開くと、奥からひんやりとした空気が流れる闇が現れる。  ふわりと、甘く青臭い冬薔薇のにおいが鼻をついた。  カタコンベ洞窟に通じる抜け穴である。  クローゼットから白い衣装がはみ出していたのに気が付き、もしやと思って開いてみたのだ。  すみは自分の慧眼に満足するーー大丈夫だわ、いけるーーメイド服の裾をたくしあげて、岩肌の世界に足を踏み入れると、はるか奥の方からこつこつと歩く音が反響して聞こえてきた。  自分より先に、ここに踏み込み、出口を目指している者がいるのだ。月子と、月子を攫った何者かであるのに違いない。  すみは、そっとエプロンのポケットを探る。  そこには、小さな折りたたみナイフが入っており、刃には乾いた血がこびりついている。  ナイフを触れると、指先に切ない冷たさが走った。この刃で、すみは愛おしい恋人をえぐった。  殺してしまった。  (どうしても、欲しかった)  欲しかった。  その思いは、冬薔薇家に花嫁が来てからさらに強くなり、自分でもどうしようもなくなった。  会いたい、会いたい。そればかり願うようになった。  亨はできる限り、すみの思いに応えようとした。呼び出されては夜中の森や庭に忍んで現れ、そこで、ごくわずかな時間ではあったが、すみと逢瀬を果たしたのだ。  結局、それが、二人の破綻を速めた。  見られた、勘付かれた、と悟る度に、すみは手を血で汚した。  最初は制服を纏った少女。森の入り口付近に遺体を放置することはできず、カタコンベ洞窟の中に引きずり入れた。  (なんて、重たかったこと)    最初の一人を殺した後は、惰性のように簡単だった。  緑野香を殺したとき、それが月子の母だとは知らなかった。  久美も、田村夫人も、逢瀬を見られたから殺した。  ただ、冬薔薇まつは違った。逢瀬を見られたのではなく、あいつは最初から、亨を捨て駒のように考えており、それが許せなかった。    だから、殺してやった。  冬薔薇亨は、すみにとって王子様だった。  最初、緑の仮面が不気味で、いかにも発達不良のような体つきが気の毒で、とてもではないが男としてみることができなかった。  だけどある日、すみは亨が仮面をとる瞬間を見たのだ。  薔薇園の中で。  (あの人が、愛した薔薇)  亨はあらゆる薔薇を愛でた。透明なドームの中で、薔薇たちに囲まれて微笑む亨。マスクを外した横顔は、思いがけないほど端正だった。その微笑みは愛らしく映るほど純粋だった。  顔に傷があるというのはうそだった。  自分がマスクをしているのは、いつか出奔した兄が戻ってきたとき、自分と入れ替わりに後継ぎの座に座ってもらうためなのだと、のちになって亨は語った。  「一度、外部に出た者が冬薔薇家を継ぐのを反対する人もいるだろうから。マスクの下の顔は誰にも分らないのだから、いつか兄と僕が入れ替わることは可能だ」  穏やかに語る亨。  マスクを強いられることを最初から諦めている姿が、切なかった。  すみはマスクごと、亨を愛した。  (優しい、あの人)  抱いてくれたぬくもりも、マスク越しの口づけも、心からのものだ。  確かに自分たちは恋人だった。愛し合っていたはずだった。  けれども。  「君は、ここに来てはいけなかった」  あの晩、亨が告げた言葉は、すみの心を一瞬で引き裂いた。  優しい目をして、穏やかに微笑みながら、世界で一番残酷な言葉を、亨は吐いた。  「君を、逃がしてあげたい。今しかないと思う」  さよなら。  (さよなら、だなんて許さない)  こつこつ。  ヒールが音を立てる。暗闇は冷え冷えとしている。岩肌に手を置きながら、足探りで進む。道はらせんを描くような下り坂だ。先を行く足音は途絶えず続いていた。  (あの足音をおってゆけば、ここから出られるわ)  すみは唇をかたく噛み締め、さらに足を速める。ポケットの中のナイフが重たく揺れた。  相手は月子を抱えているだろう。だから、追い付くことは可能だ。  (殺してやる)  すみは心で呟く。  これは復讐だ。愛もないのに冬薔薇家に嫁いできた花嫁と、その花嫁とひそかに姦通している間男への復讐。    月子。  (あんたさえ、ここに来なければ)  こつこつ、こつこつ。
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