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**  洞窟の中は相変わらず暗かったが、どことなくほのぼのと光がさしてきたように思う。  原田の腕の中で揺られながら、月子はそっと目を開く。冷たい岩肌に、ほの白い光が僅かに当たっていた。そして、ざわざわという葉の揺れる音や、風の流れを頬に感じた。  出口が近づいている。    「これから、どうなるのかしら」  月子は呟いた。  森の香りが漂い始める。鬱蒼とした緑の世界が近づいている。ほのかに匂い煙草は、原田のものだ。  「全て話すさ」  原田は静かに言う。  「警察も馬鹿じゃない。ある程度まで分かっていると思う。少なくとも、君が亨を殺したはずがないことくらい、見抜いているだろう」  亨は、浴室でこときれたわけではない。全て犯人による演出だったのだ。  (ただ、花嫁を絶望させるためだけにセッティングしたーー)  ぶるり。月子は体を震わせた。  死亡推定時刻と死因がはじき出されれば、月子が犯人ではないことは明白となる。  君は、何も心配することはないのだ、と、原田は告げる。  洞窟の終わりがいよいよ近づいてきたらしい。  木々のざわめきばかりではなく、人の気配までするようだ。  警察が待ち受けているんだな、と、原田が言った。警察という言葉を聞くと、人は本能的にぞっとするものだが、その時原田は、ほっと安堵していたようだ。月子をかかえる手から緊張が抜けたようだった。  「待って」  月子は耳を澄ました。  こつこつ。こつ。  確かに聞こえる。後ろから追ってくる足音が。  「来るわ」  月子は原田にしがみつく。原田は少し笑った。  「大丈夫だよ」  と、原田は言った。それで、月子はすっと心の重荷を下ろした。大丈夫だ、と、彼が言うのだから大丈夫なのだ。月子はそっとまぶたを閉じる。 **  冬薔薇は魔性の薔薇。  どうしようもない不幸にさいなまれ、人は時に生きる希望を失う。だけど、生き抜くためには魔性の力を借りなくてはならなかった。  言い換えれば、どうあっても生きようとする思いがあるからこその、冬薔薇ではないのか。  (ママ)  時に、不自然なほど陽気になった香。  原田は言う。君のお母さんは、冬薔薇に憑りつかれていた。働いても働いても、冬薔薇を手に入れるためにお金が出ていったのに違いない。  それは、愚かしいことだ。恥ずかしい、悲しいことだと月子は思う。  だけど、やつれ、疲れ切った香が、冬薔薇にとりつかれてでも生きようとしたのはなぜだろう。  原田の腕の中で、月子は思いだす。  雨漏りのする屋根の下、オレンジ色の照明の中で、味噌汁を作っていた香の後ろ姿を。  どんどんと原田は進み、やがて洞窟の外に出たようだ。ざわざわと風が吹き荒れ、森は騒いでいた。森のざわめきの中に、確かに人の気配がしている。  止まってください、警察ですーー威圧的な声が聞こえる。原田は立ち止まり、声のするほうに向きなおったようだ。  「この方は」  と、警察に問いかけられた原田が、  「緑野月子さんです。寝ているだけです」  と答える。  冬薔薇月子ではなく、緑野月子と。  味噌汁を作り終えた香が振り向き、幼い自分に微笑みかける幻影を、月子は見たように思う。    「月子、ここから逃げなさい」  淡い夢の中で、香が、やさしい顔で、そう告げた。
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