第一章 セイカツ

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02. 食事を終えたトユンとホシノは、今しがた食べたばかりの朝食を吐きそうになるのを堪えて、コップいっぱいの水を一気に喉に流し込んだ。普段からあまり美味しいとは言えない彼の料理は、本当に今日は調子が悪いようで吐き気を催すレベルだった。どうしてこんな料理を生み出すことが出来るのかトユンには謎だったが、それを解明しようという気にもなれなかった。 空になった食器を回収するランを横目に「ラリっちまうぜ」とホシノが悪態を吐き、席を立つと部屋の隅に置かれていた登山用のリュックサックを背負い込んだ。十四歳の少年には少々大きいようだったが、アウトドアチックな雰囲気がホシノには様になっていた。 ソファやローテーブルが並んでいるが、テレビやゲームなどの娯楽は一切見当たらない部屋だった。窓にかかった白いカーテン越しからは柔らかい陽射しが差し込み、優しくリビング全体を照らしていた。照明を点灯せずとも自然の光だけで事足りる明るさだ。 「ところで、どうして今日は晴れてほしかったんだい?」 回収した食器をキッチンに運ぼうとしていたランの質問に、トユンは大事なことを思い出してハッと顔を上げた。ショルダーストラップを握っていたホシノも無言でトユンへと視線を移し、ことの理由を聞きたがっていた。 「最近デビル・クローが増えてきてる。ここももう終わりにしなくちゃいけないよ」 「ちょっと待て!」 彼のセリフに驚いて、素っ頓狂な声を出したランは「そんな話聞いてない」と目を大きく見開きながら首を横に振った。トユンは当然のように頷いて「言ってなかったからね。でも、いま言った」と得意げな顔をして見せた。頭を抱え込み、呆れて物も言えない様子のランを一瞥すると、ホシノがリュックサックを床に下ろしてトユンに目配せした。 「気づいてるか?家の周りに三匹デビル・クローがいる」 「気づいてるよ。まさかホシノが一人で倒すつもりでいたなんて」 「三匹くらいなら何とかなるだろ」 「ダメだよ、危険だ」 キッと目の端を吊り上げ、語気を強めたトユンに負けじとホシノも言い返した。 「お前は俺の母親かよ?黙って寝てろ、ベビーフェイス」 「その言葉は嫌いだ」 「二人とも落ち着け!」 言い争うトユンとホシノの間にランは割って入り、二人を宥めようとした。「ケンカしてる場合じゃないだろ」と言った彼の面持ちは真剣なものだ。戦闘に持ち込むか持ち込まないか、その話は一先ず置いておき、仲違いをするのは何よりもよくなかった。 トユンは己を落ち着けるように数度小さく深呼吸をした。ホシノは舌打ちをしたが、一人で行こうとはせずに大人しくその場に留まった。彼の態度は気に入らないが、トユンは待ってくれたことにホッと胸を撫で下ろした。 「武器は何が?」 このまま丸腰で外に出て行くことは出来ない。デビル・クローを相手にするのなら、武器を装備して戦う準備をする必要があった。武器の管理はランに一任しているため、トユンは彼に視線を転じて首を傾げた。 「テーザーガンとテーザーガンと、さらにテーザーガン」 「何それ、どうなってるの!?」 詰め寄るトユンにランは後ずさりし、彼の体を制するよう軽く押さえた。数歩下がって距離を空けてから落ち着きを払った大人びた気色と口調でランは言葉を紡いだ。 「俺に怒らないでくれ。科学者たちは俺たちに渡す武器を少しずつ弱くしていってる。理由は分からないけど」 「要するに素手でぶん殴れってことだろ」 片方の手のひらに拳をぶつけるホシノの仕草は、戦闘というよりもケンカを始めだしそうで、トユンとランは口を結ぶと目線を交差させた。「何か文句あんのか?」と問いかける彼を止められる人物はここにはいないだろう。誰よりもケンカっ早く、大抵の物事は暴力で解決すると思い込んでいる男に、言葉での説得が通じるはずがない。 「ホシノはそれでいいとして、僕たちはそうはいかない」 「俺たちは普通の人間だからな」 「残念だったな。俺も普通の人間だ」 トユンとランは冗談だろ、と皮肉を込めて同時に肩を竦めた。すると、ホシノはからかうようにべっと舌を出して反応を返した。少年らしいやり取りは、先ほど口論をしようとしていたことを忘れさせた。 「どう頑張ってもテーザーガンはテーザーガンだ。だから選択肢は二つしかない」 トユンには選択肢など一つしかないように思えて「二つ?」と目を丸くしながら聞き返した。 「テーザーガンを持って戦いに行くか、今日は大人しく家の掃除をしてるか。ちなみに俺は家の掃除を…」 「そんなの戦いに行くに決まってる!」 迷うことなどなく即答したトユンに、彼は分かってた、とでも言いたげな顔で首を縦に振った。あまりランが乗り気ではないことはその雰囲気から醸し出されているが、二対一でランの負けだ。ここは大人しく戦闘へと興じようではないか。 「テーザーガンはどこに?」 「倉庫にある」 「さっさとしろ、時間はねぇよ」 顎をしゃくり、行けと合図するホシノにランは拒否を表した面持ちで動こうとしなかったが、トユンはそんな彼の背を叩いて急かすと、ホシノを残して共にリビングを後にした。
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