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〇二階堂 海
「このくそ寒い日に先客とは。」
俺が屋上でタバコ吸ってると、ふいに耳元でそんな声。
「…おまえ、見事だな。足音も出さずに…」
「あたしが敵なら、海君死んでるね。」
紅美は、制服の上に羽織ってるカーディガンの袖を引っ張りながら。
「何悩んでんの?」
俺の顔をのぞきこんだ。
「…何で。」
「タバコ吸ってるじゃない。」
「タバコ吸ってたら悩んでんのか?」
「うん。」
「……」
「悩んでるか、落ち込んでる時しか吸わないじゃない。」
紅美がおどけてそう言って、俺は苦笑い。
「…おまえの観察力には脱帽だな。」
「で?何の悩み?」
紅美の問いかけに、タバコを消して。
「…仕事。」
つぶやく。
「二階堂の?」
「ああ。」
「学校は三月で終わりでしょ?」
「そ。それからのこと。」
空を見上げる。
ブルグレーにくすんだ色。
なんとなく…気持ちに余裕が持てない。
「正直言って、このまま継ぐの、ためらってるんだ。」
「どうして。」
「まだ、やりたいことあるし。」
髪の毛をかきあげる。
大きくため息をつくと。
「ああ…アメリカね。」
紅美は笑いながらそう言った。
「…何で?」
「言ってたじゃない。桜花の仕事終わったら、行きたいって。何、行かないの?」
「そう簡単にはな。」
「何で…あ、そっか…朝子ちゃんのこともあるしね。」
ズキン。
なぜか、胸が痛んだ。
朝子のことはかわいいと思ってるし、もちろん…好きだ。
でも、今の俺には朝子を受け止めてやれるほどの余裕がない。
「ね、聞いてもいい?」
「あ?」
「この人がおまえの許嫁だ、って言われて、はいわかりました、って思えるもの?」
「……」
思わず、無言で紅美を見つめる。
「ごめん…変なこと聞いて…」
俺が妙な顔をしてたのか、紅美は口唇を尖らせてうつむいた。
「だって、決められた恋って感じじゃない。自分の恋はできないのかなーって。」
「…残念ながら、人に決められた恋でも、俺と朝子はうまくいってます。」
小さくそう答えると。
「…そうだったね。余計なお世話でした。」
紅美はすねたような口調。
しばらく沈黙が続いて。
「…さむっ。あたし教室帰ろーっと。海君も気を付けないと、老体に冷たい風は悪いよ。」
紅美はそう言って非常口に走って行った。
「……」
…つい、冷めたい言い方をしてしまった。
自分でもわかってる…大人気ないって。
でも…紅美に朝子とのことを言われるのが、一番辛い。
「は…」
大きく溜息を吐いて、また空を見上げる。
その色はやっぱり、俺の気持ちと同じくらい…くすんだままだった…。
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