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〇二階堂 海
「…建設会社の事務、デパートの受付、ブティックの店員、反物屋、イラストレーター助手…よく探してきたな、こんなに。」
目の前で、久世君が資料を眺めながら笑った。
「資格や希望もまぜて調べたから、とりあえず面接に行ったらどうかな。」
12人分の就職先。
調べてみると、彼女達はそこそこに資格を持ってたり、学力もある。
それについては、紅美が勉強を見ていたおかげらしい。
「あいつら、喜ぶぜ。」
「…君は、どうするんだ?」
真顔で問いかけると、久世君は資料を見たまま。
「俺は、どうにだってなるさ。」
タバコの煙をくゆらせた。
「……」
紅美を…家に帰らせる。
それ前提で、彼は店をたたむ事に決めた。
紅美はすでに店には出ず、久世君の家に…いる。
愛する女性のために身を引く。
久世君の決断は、男として…尊敬する。
…だが、これでいいのだろうか。
「ああ…そういえば…」
久世君は、ふっと優しい顔になって。
「あいつ、かわいい奴だな。」
口元を緩めた。
「あいつ?」
「沙都っていうボクだよ。」
「ああ…」
「もう、女たちのオモチャんなってる。」
「…沙都を店に?」
「あはは。やらしちゃいねぇよ。ただ、凜太郎の知り合いだって紹介しただけさ。あいつも、紅美って名前は出さずにおとなしく可愛がられてたよ。」
なんとなく目に浮かんで、笑う。
「正直で、心底素直でさ…まっすぐな目で、僕の紅美ちゃんは…なんて言うんだぜ?」
「あはは。あいつらしい。」
「ちょっと、羨ましいよな。俺も…あんたも。」
「……」
少しだけ、久世君を不敏に思う。
父親のことさえなかったら…彼は紅美と何の障害もなく結ばれるかもしれない。
「タバコ、一本もらうよ。」
テーブルに置いてあるタバコを一本取り出して火をつける。
「…あんた、タバコ吸うんだ?」
「めったに吸わないけどね。」
そう。
めったに吸わない。
でも…やりきれなくなったり、もどかしくなったりすると…体が欲しがる。
吐き出す煙の白をボンヤリ眺めながら。
紅美は…素直に帰ってくるだろうか…
そう、考えていた…。
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