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 〇(ひがし) 朝子(あさこ) 「で?兄貴とは、その後どうなの?」  空ちゃんが、アップで迫ってきて。  あたしは思わず後ずさりする。  七月。  お嫁に行ったにも関わらず、二階堂の仕事を続けている空ちゃんは。  本当に結婚したの?って感じのフットワークの軽さで帰ってくる。  今日は旦那さんが夜勤とかで、別宅で夕食の支度をしてるあたしのところへ、泉ちゃんと陣中見舞いにやってきた。 「どどどうって…」 「もうキスくらい、したんでしょうね。」 「……」  空ちゃんの言葉にうつむくと。 「はあ〜?まだあ?」  空ちゃんだけか、泉ちゃんまでが呆れた声でそう言った。 「だ…だって…」  二人の声に戸惑いながら、キュウリを切る。 「何か最近ずーっといい雰囲気じゃないの。差し入れしたり、映画見に行ったり。」 「うん…」 「それでも、何もないの?」 「…うん。」 「もしかして…手もつないでないとか…?」 「………」  二人を上目使いで見上げると。 「…兄貴、男じゃないね。」  空ちゃんは、頭を抱えて絶望的な声を出した。  あたしと海君は…このままいくと、来年の四月には結婚…のはずなんだけど。  このまま…って、は何もないって事なのよ。  映画に行っても、ドライヴしても。  海君は、優しいけど…あたしに触れない。  あたしって、魅力ないのかなあ… 「もしかしてさ…」  ふいに泉ちゃんが声をひそめる。 「何?」 「兄ちゃんって…」 「…うん…」  思わず、包丁をおいてしまった。  三人、頭を寄せ合って息を飲む。 「男の方が好きなんじゃないの?」 「…え?」  あたしの眉間に、しわ。 「だって、許嫁の女と二人きりになっても、キスどころか手もつながないなんてさ。絶対怪しいよ。」 「なるほど。兄貴男色説か。これは、調査しないといけないね。」 「…そういえば…」  空ちゃんの言葉に続いて、泉ちゃんがあごに手をあてて。 「兄ちゃん、よく薫平(くんぺい)の部屋に出入りしてると思わない?」 「兄貴と薫平!?ひゃー!?勘弁してーっ!」  空ちゃんがキャーキャー言ってると。 「…残念ながら、俺は男より女の方が好きだな。」  突然、後ろから海君の声。 「おおお兄ちゃん!いつからそこにっ?」 「…朝子に変なこと吹き込むなよ。」 「兄貴がいつまでたっても行動を起こさないから、心配してんじゃないの。」 「…俺らのことはいいから。」 「俺、だってー。」  海君の言葉に、空ちゃんと泉ちゃんは手を取り合って、はしゃいでる。  あたしは…ちょっとだけ赤くなってしまった。 「じゃ、あたしたちはこれで。」  空ちゃん達がそう言って、和館に歩いて行った。  あたしはドキドキしながら、切りかけのキュウリを切り始める。 「朝子。」 「はっはい。」  ふいに呼ばれて、飛び上がるほど驚いてしまった。 「弁当、サンキュ。」  海君はそう言って、お弁当箱をテーブルの上に置いた。 「あ…あ、うん。」  あたしは、この四月から海君のお弁当を作っている。  と、いうのも紅美ちゃんが。 「毎日いろんな子がさ、弁当作ってくるんだよ。そんな食べれないっつーの。やっぱさー、彼女の存在ってものを、ほのめかした方がいいんじゃないかな。」  って。  それで、あたしは。 「…お弁当、作ろうか?」  って海君に問いかけた。  すると海君は。 「そりゃ助かるな。」  って…満面の笑みで答えてくれた。  彼女…なんて言いきれない付き合いだけど…  でも、海君がお弁当を喜んでくれてるのが、すごく幸せ。 「今月はどこ行きたい?」  ふいに、海君が首を傾げて言った。 「え?」 「今月。」 「あ…あー…えーと…」  海君は、毎月『お弁当のお礼』って、いろんなところへ連れて行ってくれる。  あたしから言わせると…そんなことしなくてもいいんだけど…  気が済まないらしい。 「うーん…やっぱり、夏だから……海…かな。」  目を泳がせながら、そう言うと。 「海?朝子、泳げるっけ?」  とぼけた口調。 「…どうせ、かなづちよ。」 「あはは。わかってるよ。ドライヴにな。」 「ん。」 「いつがいい?」 「もう学校休みだから、海君の都合のいい日にして?」 「わかった。」  心の中で大絶叫。  あたしって、幸せ者! 「さて。」  海君は、あたしの手元から、キュウリの切れ端をつまみ食いすると。 「男色説はないからな。」  って、歩いて行ったのよ…。
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