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「…起きてるか?」  真夜中。  なかなか値付けなくて声をかけると。 「起きてるよ。」  紅美は、俺に背中を向けたまま答えた。 「眠れないのか?」  紅美の方に顔を向けて問いかけると。 「月がすんごいきれいでさ、見惚れてんの。」  少しだけ開けてる障子の間を見つめたまま言った。 「月か…。」  俺は起き上がって、障子を開ける。 「満月か。」  晴れ渡った夜空。  静かな夜。  まさか…紅美とこんな夜を過ごすなんて。  …たらふく食べて、いろんな話をして。  アルコールをとばそうとか言って、温泉に浸かって帰ってきたら。  当り前のように、布団が並んで敷いてあった。  俺は絶句してしまったけど。  紅美は。 「窓際とった。」  なんて、普通に布団に入った。  …どうかしてるな、俺は。  俺には、朝子がいる。  紅美への想いは…なかった事にしなくちゃいけない。 「華月(かづき)ちゃんが生まれた夜って、こんな夜だったのかな。」 「え?」  ふいに、紅美のつぶやき。 「華月ちゃんの生まれた夜は、すごくきれいな月夜だったんだって。」 「ああ…華やかな月の夜に生まれたから華月だっけな。」  紅美の布団の横に座って、月を眺める。 「あたしは…」 「ん?」 「あたしの名前は、どういう想いでつけられたのかな…」 「……」  紅美を振り返ると、月光でいつもより色白に見えた。  紅美の名前は…関口亮太の娘であった時から変わっていない。  養女にする時、名前を変えないのかと周りは言ったらしいが…  陸兄と麗姉はそのままの『紅美』を、養女に迎えた。 「…やっぱ、漢字の通りだろ。紅く美しく…名前負けだな。」 「何よ、それっ。」  俺の言葉に紅美は起き上がって。 「…でも、好きな名前なんだ。」  って、つぶやいた。 「…ああ。」  どちらともなく、隣に座る。  肩を並べて月を眺めて…  どれくらい時間がたっただろう。  ふいに紅美が。 「勇気が出るおまじない、してあげようか。」  小さく笑いながら言った。 「是非ともしてもらいたいね。そしたら、すぐにでもアメリカに行くぞ。」  俺も笑いながら答える。  すると。 「じゃ。」 「え…っ…」  頭の中が真っ白になった。  紅美が。  紅美が、俺にキスしてる。 「……」  情けない事に動けないでいると、ようやく口唇が離れて。 「織姉に、言えるような気がしてきたでしょ?」  紅美が、何でもない顔で言った。 「な…何なんだよ、おまえは…」  思わず、声がうわずる。  落ち着け。  これじゃ、バレる。  大の大人が…キスぐらいで… 「海君だって、したじゃない。」  紅美は布団に入りながら、笑った。 「…え?」  俺は相変わらず間抜けな声。 「保健室で。」 「お…」 「あのお返し。」 「…おまえ、起きてたのか?」  あれは九月…  保健室で眠ってた紅美に… 「起きてたって言うか…ウトウトしてたんだけどさ、あんなことされたら目ぇ覚めちゃうよ。」 「……」  盛大にうなだれる。  まさか…起きてたなんて。  あの時の俺は、紅美を助けたくて…だけど何も出来なくて。  もどかしさしかなかった。 「でもね、すごく嬉しかったの。」 「え?」 「何だか…ああ、あたしにも味方がいるんだなって、心強かったんだ。」 「……」 「おやすみ。」  紅美は深々と布団をかぶる。  俺は、口唇にその感触を思い出しながら。  朝まで…眠ることができなかったんだ…。
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